第二章ノ壱エピローグ


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 目が覚めた時、すでに私の世界は終わっていた。
 目の前は赤々と燃える炎だけ。
 周りには私を庇うメイドや使用人達の死体。
 お父様もお母様も。みんな死んでいた。私を守ろうと死んでいた。
 そして炎の中で私はただ茫然としていた。
『戦争』
 これが戦争なのかと。
 私は心の中で呪った。
 誰を? 誰を呪えばいいのか……。
 戦争を起こした奴らか?
 なら、お父様が昨晩言っていた。

「政府が悪い。こんな戦況になって追い込まれているのは『最神』が悪い」と。

 そうだ、呪うのは最神だ。
 その名前を私は一生呪うのだ。
 後数分で奪われる命。
 その数分を全力で『最神』を呪おう。
 こんな辺境の地まで戦場になるような大きな戦争など何故起こしたのか。
 そして、何故ここまで軍人は助けに来てくれないのか。
 全ては最神が悪い。
 そうだ。そうだ。
 涙など出なかった。
 お父様もお母様も苦しそうな顔をして目の前で死んでいた。
 屋敷の中は炎ので包まれ、何もかも無くなってしまった。
 私の命もあと少しで無くなるだろう。
 呪おう。呪って死のう。
 神を呪って死んでやろう。
 そう思った。


 そんな時私の目の前に手が差し出された。
 その手はお父様のようなゴツゴツした手だった。
 霞んではっきり見えないその姿。
 私はその手を掴んだ。
 手の主は微笑み、私を抱きかかえた。
 赤い世界から私を助け出してくれた。
 その方に連れられ私は生きた。
 私は新しい人生を手に入れた。
 その方を敬い、その方の全てを受け入れた。
 そしてある人に会った。
 私が一生掛けて忠誠を誓うお方だ。
 その方に私の命を預けた。
 その方には絶対的主君がおられた。
 しかし、その主君はまだ目覚めておいでではないようだった。
 だから私がそのお手伝いをすることにした。
 名誉だった。
 この命。一度は捨て、神を憎んで死ぬ運命だったこの命をあのお方の為に使える。
 なんと名誉な事か。
 私は生きている実感を得た。
 だから私は何でも熟した。
 あのお方にお仕えし、この恩義をお返しする為に。
 そしてまだ見ぬ主君をお迎えする為に。
 私は今、ここで生きている。



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 グッと目を瞑り、精神を集中させる。
 心を真っ白にして、無を作る。
 そしてゆっくりと深呼吸をし、肺に酸素を送る。

「大佐、終わりました」

 そう声を掛けられ目を開けた。
 漆黒の瞳は目の前の光景をしっかりと見つめる。
 目の前には沢山の死体。そう、死体の山が大きくできあがっていた。

「我が隊は死者、負傷者、ゼロです。敵は二十人ほどかと……」

 近くに来た部下が敬礼をしながら自分にそう言って来る。
 大佐と呼ばれたその男は深く呼吸をすると「そうか」と声を掛け、握っている刀の汚れを振り払うと鞘へと納めた。

「ベルテギウス大佐?」

 そう呼ばれ、ベルテギウスは青紫の髪の毛をかき上げながら「ああ」と、短く答える。

「こちらです」と、部下はそう言って歩き出した。ベルテギウスもそれに続く。

 天界の城から遠征に出て早二十日。
 ここ最近は永遠と続くような平原のど真ん中を、ただ目的地に向かって進むという単純な生活を送っていた。
 どこを見渡しても緑の草が生えているだけの大平原。本当に単純な毎日だった。
 しかし今日はそんな単純な一日ではなかった。
 突如目の前に数個に渡ってテントを貼った者達を見つけたからだ。
 ベルテギウス達はこの平原に住む遊牧民族だろうと声を掛けに向かったのだが、その者達は自分の予想していなかった者達の集まりだった。
 それは……。

「離せ!!!!」

 部下に続いて歩くとそこには一人地面に顔を押し付けられ、拘束されている男の姿が。
 顔も姿も自分達と何ら変わらない。
 変わっているのは背中に生えている翼の色ぐらいか。

「皆、よくやった」

 ベルテギウスはそう言いながらその男の元へと歩み寄る。
 遊牧民族に扮していたその服装から生える翼は、男の呼吸に合わせ白から黒へとボヤッと移り動く。
 精神状況によって白色を保てず、黒が見え隠れしているようだ。
 どこかの記述で読んだことがある。
 堕天使は悪魔の能力を使いこなし、精神を安定させ翼の黒色を隠す事が出来ると。

「何故こんな所でこんな生活をしている、堕天使」

 ベルテギウスは少し声のトーンを下げ、その男に向かって言った。
 本来、堕天使は悪魔への寝返りによって天界などで生活せず、地下界へ向かう。
 だが、ここにいた二十名ほどの堕天使は皆、天界の天使達に紛れるように生活していたようだ。

「……っ」

 堕天使はベルテギウスの顔をぐっと睨む。
 その瞬間、男の白色と黒色のマーブルだった翼が一気に黒へと変わった。場の空気が今以上に重たくなる。
 周りの部下たちが一斉に刀の柄に手を添えた。
 しかしベルテギウスは周りの部下達の行動を抑えるように手を上げる。そして目の前にいる堕天使の男を睨んだ。

「天界での暮らしと、最神への忠誠を捨てた愚かな者達。何故今更この地にいる」
「……」
「悪魔の言葉に耳を傾けた貴様らには、もうこの世界では生きずらいだろう」
「……」

 男は何も言わずにただベルテギウスを睨みつける。

「答えろ」

 こいつは拷問をする必要が出てくるだろう。
 何かしら理由があってこの場所にいるはずなのだから。
 捕虜として城に連れて帰るという選択肢もあるが、悪魔は所詮堕天使を使い捨ての駒のようにしか扱わない。
 捕虜にしていてもなんの価値もないだろう。
 そんなことを思っていると、目の前の男は大きく息を吸って話し出した。

「俺達はこの世界に新たな恐怖を植え込む為に来た」
「何?」

 その言葉にベルテギウスは眉を寄せる。

「あの御方が降臨される。もうすぐだ、我々はその為に生きてきた」

 そう言うと男は突然ケタケタと笑いだす。

「そう、もう遅い! 始まっているんだ! あの御方はもうすぐそこまで来ている!!」
「……」

「もすぐ、もうすぐだ!! もうすぐ我々に幸せが訪れる時代が来る!!」

 そう言った瞬間、笑いだしていた男が急に泡を吹きながら痙攣し始める。

「!!!」

 急なことに周りの部下達が急いで男の元へを駆け寄った。

「どうやら歯の間に毒を仕込んでいたようです。自殺を図られました」
「申訳ありません」

 部下の言葉にベルテギウスは無言でその男へ近づき瞳を覗き込む。
 男の瞳はまだ死んでいない。
 この先辛い拷問を受けて死ぬのならここで自ら命を絶つ。いい選択だったのかもしれない。

「ほかに言いたいことはないか?」

 ベルテギウスの言葉に男の瞳が動く。

「ぃ……」

 泡を吹きながら男が何か言葉を発する。
 ベルテギウスはそれを聞こうとさらに男に近づき耳を傾けた。

「ふぃ……る……さま」

 その名前に聞き覚えがあった。
 まさかここでその名前に出くわすとは思わなかった。ベルテギウスは驚きの目を一瞬するとスクッと立ち上がる。

「ゲートを設置する」
「城への帰還……ですか。ゲートを設置するには場所も場所ですので座標の確認と設置に二十日ほどはかかるかと」
「ならこの足で帰還だ。準備をしろ!」
「はっ!」

 ベルテギウスの言葉に部下たちはバタバタと動き始める。
 そんな光景を横目にベルテギウスは、足元で動かなくなった黒い翼の堕天使を見下ろした。

「神を……この世の最高位血族を信じぬ者に幸せなど来ぬ。お前らは……悪魔の元へ落ちた瞬間から、死んでいるも同然なのだよ」