第一章3幕


「どうぞ」

 声を掛けながらサンガはレインの前に甘い香りが漂うティーカップを置いた。

「あ、ありがとう」

 そう短く答えることしかできず、レインはティーカップの中で揺れる紅茶を見つめる。
 書斎デスクの脇に置いてある大きな丸テーブルに座らせられたレイン。向かいはヤマト、隣には先ほどの女性が座っている。

「な、驚いただろ?」

 困惑していたレインはヤマトのニヤリと笑う顔に苛立ちを覚えた。

「最神がまさか女性だったなんて! しかもお前と同じ歳だぞ? びっくりしただろ?」

 確かにヤマトが言っている通り、最神が女性だとは全く予想していなかった。
 本来、最神は公の場に姿を見せることはない。もし見せたとしても、自分達のような転生天使がお目に掛かることはまずない高貴なお方だ。
 その為、レインは最神を勝手に男性だと思い込んでいた。今まで出会ってきた貴族や元帥達が皆、男性だったこともそんな思い込みを招いた原因だろう。

「まあ、ヤマト。彼に何も伝えていなかったのですか?」

 サンガの運んできた紅茶に口を付けようと、両手でティーカップを持った彼女はびっくりした顔でこちらを見る。
 レインは彼女と目が合うと、思わず視線を逸らしてしまった。彼女の行動に露骨に反応し、いつものペースをかき乱されているのは何故なのだろうか。

「その方が面白いだろ?」

 ヤマトの笑みに彼女はクスクスと笑う。

「レインそれは災難でしたね」
「はい」

 レインは和やかなムードに戸惑いつつ答えると、出された紅茶に口を付けた。

「……うまい」

 思わず声がこぼれる。さわやかで何とも言えぬ心地よい喉越しに、困惑していた気持ちがほどけ、身体の芯がポカポカしてくるのを感じる。
 レインはここ数年で一番の美味しさに思わずティーカップのそれを見つめた。

「でしょう? サンガの入れるミールスティーは格別ですよ」

 最神はレインにそう話しかけてくる。

「軍人をしているのがもったいないくらい」
「姫様、それは言い過ぎですよ。僕は姫様のお側でこうしていられるのが一番なのですから」

 サンガはニコニコと笑いながらお盆を抱えるように持ち彼女の後ろに待機した。ダークグリーンの軍服に身を包んだ少年と大きな丸盆が何ともミスマッチである。その立ち振る舞いは軍人というより執事、いやメイド?

「さて、本題に入らせて頂きます」

 そう言ってティーカップをコースターに下ろした女性はコホンと咳払いをし、その場の空気を変えた。

「改めて、私は公爵家第三百七十二代最神、シラ・フィメスト・インフィニストです。ここを出入りしている皆にはシラや、姫と呼ばれています」
「俺も失礼ながらシラと呼んでる」

 ヤマトが付け加える。シラは嬉しそうに頷いた。

「レイン、あなたもできれば友人関係のように話してくれると嬉しいです」

 シラのその言葉にレインは何も言わずにヤマトを見る。

「今回の任務はお忍びだからな、できれは日頃からラフな間柄でいたいんだと」

 ヤマトの補足にシラはもう一度頷いた。

「ご命令とあらば、そう致します」

 レインの返答にシラが頬を膨らませムスッと睨む。

「い、いや、分かった……そうする」

 彼女の顔を見たレインはすぐさま言い直した。額に冷や汗が滲む。
 この世界の、いや人間界を含め全ての世界の頂点にいるお方に対してこのような発言をしてもいいのだろうか。自分の置かれた状況に目眩がする。
 そんな困惑したレインを面白がるヤマトが憎たらしい。レインは彼の顔を力の限り睨みつけた。

「それで、ヤマトはレインになにも説明していないのですよね?」

 シラはヤマトを叱るような少し低い声を出す。

「すまんすまん」

  そんなシラにヤマトは悪びれることなく笑顔で答える。

「全く……」と、シラは溜息をつきながらもどこか楽しそうに微笑んだ。

「レイン。今回の任務ですが、私のワガママで二週間後に城下町を視察に行こうと計画しています。二人にはその護衛を頼みたいのです」
「その話は聞いております。あ、いや……聞いている。でもどうしてお忍びで?」

 レインは落ち着けと自分に言い聞かせ、彼女に質問するともう一口紅茶を含んだ。

「それは政界や軍の関係が絡んできます」と、彼女は溜息を付く。
「最神の名を継いで三年。生まれてから今までこの城から出たことがない私にとって、政界や軍議での議題はどうしても現実味が湧かない案件ばかりでした。民の生活に貧困の問題、休戦中の軍の在り方など、何もかもが私にとっては紙の中の出来事に過ぎません。議会に出ても自分の意見を述べることもできず、元老院の言葉ばかりを追いかけている始末です……。そんな私の在り方にここ数か月、自分自身が呆れ果てていました。それが私の生まれてきた公爵家、最神の姿なのかと……。私も三ヵ月後には二十歳という節目を迎え、成人の儀を執り行います。成人の儀を執り行う前に私はどうしても城外の民の生活を感じ、これからの在り方を考えていきたい。そう思ったのです」

 シラはそこで一呼吸を置く。

「この気持ちを打ち明けたのは、天界軍元帥であるダスパルにでした。彼は私の気持ちに賛同してくれ、軍議でこの話を持ち掛けてくれたのですが、元老院達が何かと問題を提示し白紙にしてしまったのです。あの者達は知識は多いのですが保守的で……」
「年寄りは頭が固いんだよ。それに、城の外で見られては困るようなものでもあるのかもな」

 ヤマトはシラの話に入る。

「そうなのかも知れませんね」と彼女は答えた。
「二代前の祖父は大きな戦争を起こしました。悪魔との七年にも渡る戦を決断したのは祖父です。祖父は外をよく見ておられたと聞いています。一代前の母は祖父の起こした戦争をもう二度と起こさぬようにと内戦を牽制し政界を整え『今』を築きました。
 私はどうあるべきなのか、それを見極めたいのです。周りの大人達に振り回されている今から抜け出したいのです。
 祖父のようになられては困るから元老院は私を閉じ込めておきたいのでしょうが、戦争をしたいから外の世界を見たいわけではありません。寧ろ今のこの時代を生きている民を見て判断したい。これはその第一歩なのです」

「でも」と、レインがそこで言葉を掛ける。

「だからと言って俺達を呼ぶ必要は?」
「はい。親衛軍を使うことを元老院に止められてしまい、次の手を考えなくてはと思っていたところで『親衛軍元帥フィール』と『中界軍元帥ジュラス』に対談する機会があり、そこであなた達の話が出たのです。最初はフィール元帥が絶賛する中界軍の天使が私と歳の変わらない方々だと知り、会ってみたいという興味でした。そこでフィール元帥がお忍びの護衛を二人にやらせてみては? と提案してくれたのです」

「ほらな」とヤマトが笑う。自分の予想が当たっていたと言いたいのだろう。

「今の天界はレイン、ヤマト、お二人には決して住み心地の良い場所とは言えないというのも分かっているつもりです。その部分も踏まえ、別次元の生き物である人間から転生したあなた達と、政界関係なく話がしたいという本音もあります」

 そこでシラは大きく深呼吸をした。

「それに……」
「それに?」

 言葉を濁すシラにレインは聞き返す。

「少しの間でも歳の近い方とお話をしたかったのです。私の周りにはサンガとエレクシアしかいないので」

 真剣な面持ちだった顔を少し赤くさせ、歳相応になった彼女の雰囲気にレインはほっとした。気負いしていた気持ちが少しばかり楽になる。

「なるほどねー」

 ヤマトが伸びをしながら、背中の収縮した羽をほぐすように動かした。

「ヤマトには最初に同じように説明しましたよね?」

 シラがもの言いたげな目でヤマトを見る。

「聞いた聞いた。だから、俺達はいつも通りのラフな感じで、この先の二週間をここで過ごして、空気に慣れた頃に城下町を散歩すればいいんだろ?」
「確かにそうですけど……」
「緊張感がないのがこいつの取り柄だよ」

 レインはそうシラに伝える。

「鈍感さがこいつをここまで這い上がらせたんだ」
「そうそう、俺はこういう性格なんだよ。締めるところはわきまえてるからね」
「昔からそうだ、いつも俺はお前のテンポに飲み込まれる」
「そうか? お前も十分俺の同類だと思っているが?」
「一緒にするな」

 レインとヤマトの会話を聞きながらシラはクスクスと笑い出す。

「二人は仲が良いのですね」
「そうだろ?」
「いや」

 ヤマトの言葉をレインが被せながら大きく否定した。二人の掛け合いに彼女は更に嬉しそうに笑った。

「で? 俺達二人とサンガで君を護衛するのか?」

  話を元に戻そうとするレインにシラは首を振る。

「いえ、もう一人は私のお世話役であるエレクシアです。サンガはこの箱庭の護衛であり親衛軍なので、一緒に行くとなると元老院に勘付かれる可能性が出てきます。残念ですが今回は待機してもらいます」
「残念です」

 サンガは心底残念そうにシラの後ろで肩を落とした。

「エレクシアはお世話役、と言っても武術にも長けています」
「おまけに美人」

 ヤマトが付け加える。

「エレアの武術もそうですが、二人の活躍もフィール元帥からお聞きしていますので心配はしていません」
「お噂は聞いております」

 シラの言葉の後にサンガが爛々と目を輝かせて言ってきた。

「買い被りすぎだよ。俺は何も」

 レインがそう話していると、ヤマトがコホンとわざとらしく咳払いをする。

「ま、この中界軍『討伐戦の英雄』と『黒騎士』が護衛に就くんだ!  何も問題なく終わるだろうさ」
「あのなあ」

 レインは溜息を付き「またその話を」と言いかけたが、シラの表情が少し曇ったように見え、言葉を止めた。

「二人は三年前の悪魔討伐戦へ……」
「そうっ!」

 ヤマトが明るい声でそう答えると、シラは曇った顔を元に戻し微笑む。

「英雄と黒騎士ですか?」とサンガが首を傾げつつ質問してくる。
「あ、あれ? 流石にここまでその名前は届いてないかぁ」

 ヤマトは残念そうな声を出し、わざとらしく肩を落とした。
 しかし「ま、そこそこ使える軍人ってことだな!」と、すぐさま立ち直り、鼻息を荒げながらシラに胸を張る。

「素敵!」

 シラもそのヤマトのノリに答えた。

「最初ダスパル元帥にこの話を持ち掛けた時、正直どうなるかと心配していたのです。元老院に親衛軍を動かす許可が下りなくなった時は、もう無理なのだと半ば諦めていました。それがこうして現実のものになる。しかもこんなに賑やかに! とても素敵です」

 シラの嬉しそうな声にレインは微笑む。

 本当に今回の視察を楽しみにしているのが言葉に滲み出ている。彼女は生まれてこの方、外の世界を知らないのだ。城下町の人混みも、カフェから漂う美味しそうな匂いも、子供が駆け回る路地裏も、何も知らないのだ。
 それを見たいと心から思う気持ちを何とかしてあげたい。レインは今回の任務をしっかりやり遂げなければ、と気持ちを引き締めた。
 そこでノックの音が入り口から聞こえる。

「どうぞ」

 シラが答えると「失礼します」と一人の女性が中へ入って来た。レインより数歳上だろうか。
 ワインレッドの髪をポニーテールにした紺色の瞳の女性からは気品が溢れている。パンツスタイルの女性はシラの元に来ると一礼をした。

「姫様。ただ今戻りました」
「お帰りなさいエレア、ちょうどあなたの話をしていたところだったんです」

 彼女はシラへの挨拶を済ますとこちらへ向く。レインは椅子から立ち上がりその女性に一礼した。

「君がレインか。エレクシア・オースビットだ。よろしく頼む。皆からはエレアと呼ばれているので君もそう呼んでほしい」
「分かりました。よろしくお願いします」
「私にも皆と同じように接してもらって構わない。堅苦しいのが姫様はお嫌いなのでな」

 少し男勝りの話し方をする彼女にレインは緊張し背筋を伸ばした。

「おっ帰り~エレア」

 レインの気持ちなど気にすることもなく、ヤマトは座ったまま彼女に声を掛ける。
 エレクシアはレインへ向けた笑顔を瞬時に変え、嫌そうにヤマトを睨んだ。

「ああ、ヤマトもいたのだな」
「やだなー。最初から分かっていたくせに」
「いや、存在自体を感知していなかった」
「なんと失礼な!」

  エレクシアの冷たい受け答えにもヤマトは動じない。

「何? 機嫌悪い?」
「お前が現れたせいでな」

 エレクシアは空いている席に着くとレインへ座るように促した。レインはそれに従う。
 それに合わせるようにサンガがエレクシアの前に紅茶を出した。

「どうぞ」
「ありがとう」

 エレクシアはサンガに軽く礼を言い、紅茶に口を付ける。

「俺も嫌われたなあ」
「そう思うならその軽い発言をわきまえればいいのでは?」
「え? 軽い?」

 ヤマトは営業用の爽やかスマイルでエレクシアに話し掛けるが、エレクシアはヤマトの方を見向きもせずにいた。

「二人は会った時からあんな感じなんです」

 シラがレインに少し近付いてそう小声で言った。

「楽しんでるな」
「やはりそうですか?」
「ああ、こういうタイプが一番遊ばれるんだよ。エレクシアさんはヤマトに気に入られてるんだな」

 レインはシラに肩をすくめて笑う。

「で、大まかな話は終わったところか?」

 エレクシアはヤマトとの小競り合いを中断して、レインに聞いてくる。

「ええ、大体は」
「そうか、いくら数時間の外出と言えど、何が起こるか分からん。私も同行するが気を引き締めてもらいたい」

 ヤマトは自信ありげに笑う。

「その話も今してたんだよ。俺たち二人見た目以上に力あるから安心してくれってね」

 ヤマトの発言にエレクシアは少しムッと表情を変えた。

「正直な話、私はお前達中界軍を信用してはいないがな」

 その一言でレインは眉をピクリと動かす。しかし何事もないように紅茶に口を付け、エレクシアから視線を逸らした。

「そりゃそうだろうね。急に来た中界の奴にとやかく言われたくはないだろう」

 ヤマトはエレクシアの言葉に動じることなく、営業スマイルのまま会話を続ける。

「だけどエレア、我々もそれなりの実績や信頼は培ってるんだ」
「それはフィール閣下や中界軍元帥からの、ということが言いたいのか?」

 エレクシアにヤマトはいかにも、と言わんばかりにいつものどや顔を見せつけた。

「中界軍の生ぬるい生活では姫様を護衛できるとは思えんがな」
「エレア!」と、シラが少しきつく止める。
「失礼」

 エレクシアはシラの制止にすぐに謝罪した。

「ごもっとも」と、ヤマトがその謝罪へ食いつくように話し出す。
「いくらフィール元帥からのお達しとは言え俺達を信用できないってのがエレアの言い分だろ?」
「まあな」
「じゃあ、実際俺達がどんだけの実力か見定めてもらえないか?」
「なに?」
「そうすれば信用してくれるということだろう?」

 自信ありげなヤマトにエレクシアは少し戸惑いつつも「確かに」と頷く。

「なら、お手合わせしていただこうではないか」

 エレクシアの言葉にヤマトはさらに口元を吊り上げ、そうこなくてはと言わんばかりに笑った。

「では、俺達の信用を掴もうではないか! なっ、レイン!」
「へ?」

 急に話を振られたレインはぽかんと口を開ける。

「ほら、お前が頑張ればエレアは中界軍を信用してくれるそうだ」
「おい、ちょ!」
「レインは軍を離れた身分だと聞いたが、戦いに支障はないんだろうな?」

 慌てていたレインはエレクシアにそう聞かれとっさに頷いた。

「それは問題無いですよ」

 そう答えてから「しまった!」と心の中で叫ぶ。

「ほう、では手合わせしてもらおうか」

 エレクシアはライオンが獲物を捉えたような笑みでレインを見る。その不気味な笑みを見つめつつレインは血の気が引いて行くのが分かった。

 ◇

「わざとですよね?」

 シラはヤマトへそう声を掛けた。
 箱庭にある大きな庭の中央に、芝が広がる場所がある。そこにレインとエレクシアは向かい合うように立っていた。
 シラとヤマトは、その光景を少し離れた場所にあるベンチに腰かけ眺めている。ベンチの隣には二人を覆うほどのパラソルが設置されていた。

「分かった?」

 ヤマトは飄々とした態度で笑っている。そんな彼にシラは落ち着いたトーンで更に質問する。

「流石にあからさまだったので。意図があるんでしょう?」

 ヤマトは大きく伸びをすると一呼吸置き、シラの質問に答えた。

「ま、単純に肩慣らしだよ。レインはここ最近実戦をしていない。ましてや軍人としての生き方を辞めた天使だからな。急に最神の護衛に就けだの、天界で暮らせだのと言われたら肩も凝るだろう? 身体を動かせば少しはこの状況を理解するだろうからな」

 先ほどまでとはう落ち着いた声に驚き、シラは思わずヤマトの顔を見つめた。彼の横顔はどこか切なそうに見える。

「あいつもいろいろ抱えてる奴だからな。こんな場所で軍の言いなりになるのは癪に障るだろうし」
 彼の濁すような言い回しに「と言うと?」とシラは先を促す。

 ヤマトは大きく溜息を付き、目だけをシラに向けた。が、目が合うとまた庭の方へと戻す。
 風がスカイブルーの髪をなびかせ、周りの木々達の葉を揺らす。静かな箱庭の中を風の音が響いた。

「シラはさっき、転生天使を知りたいって言ったろ?」
「はい」
「転生天使は人間の死を経験した連中だ。転生して生き返った今でもその死の恐怖を抱えてる。天界天使からの迫害を受けながら、人間の頃の記憶と死の恐怖という傷を塞ぐように皆寄り添って生きているんだ」

 ヤマトの言葉にシラは深く呼吸をした。

「そこからさらに俺達中界軍は軍人という道を決めた変わり者。元々は人間界でひっそりとお互い支えあって生きてきた小さな集団だった。それが今の元帥、ジュラス閣下の働きでここまで大きくなった。尊厳も志もなかった落ちこぼれ集団だったのをここまでにしたのはあの方のおかげだよ。そのおかげで今の中界軍が成り立って、俺やレインは入隊できた。力を持った奴らが集まってきたんだ」

 そこでヤマトはもう一度大きな溜息を付く。

「転生天使は天界天使と違って、元々能力や武術をある程度備わった状態で転生するのは知ってるよな? その中でもレインは他の者と比べて技術や能力値が群を抜いて高かった」
「群を抜いて?」

 シラは左手でなびく髪をなでながら、ヤマトの言葉を繰り返す。

「そう。本人曰く人間の頃から周りより身体能力が高かったらしい。それが転生したことによりさらに高くなった……。そんなレインの能力に中界軍は目を付けた。で、君も知ってるだろう? 三年前のガナイド地区悪魔討伐戦。それの特殊部隊にあいつは配属された」

 シラの指がかすかに動く。

「そこであいつは完全に俺達の一つ上を行く存在になったんだ」
「上?」
「そう、戦場を駆け巡るあいつの姿を見た誰もが思ったさ……あいつは俺達の上を行く者だって」
「…………」
「そしてあの戦争の後、レインはすぐに軍を抜けた。心に深い傷を負ってさ……」

 ヤマトの言葉がシラの心に染み込んでくる。

  ――自分の知らない世界、知らない戦場、知らない感情。知りたい、もっともっと知りたい。世界を、世界に生きる全てを……。レインも、彼を見守るヤマトも。

 シラは胸の前で手を握りしめた。

「そんな奴が久しぶりの任務だ、少しは労わってやらないとな」

 最後に付け加えられたヤマトの言葉に緊張していた気持ちが緩み、シラはクスリと笑ってしまう。

「労わってるんですか?」
「そうだよ、何言ってるんだ?  俺はあいつの良き理解者だよ」

 ヤマトがシラに向かってニヤリと笑った。

「なるほど」

 シラはいつもの飄々とした彼に戻ったことを安堵しつつ、芝生の中央にいる二人に目をやった。