「こりゃまた……」
すこし眠そうな声を出しながらジュラス元帥は、手渡された鉄の塊をやせ細った指で摘まみ、まじまじと見つめた。
いつの間にか中界軍の密会室になった中庭の倉庫。そんな倉庫の狭い窓から夕刻の明るい日差しが差し込みジュラス元帥の手元を照らす。
鉄の塊、弾薬を見つめるジュラス元帥は「んー」と唸りながら掌でそれを転がした。
「たまげたなぁ」
「さっきからそれしか言ってませんよ、閣下」
そんな彼の向かいでヤマトは腕を組み、本棚にもたれかかった体勢でため息を付いた。
レインにシラへの帰還報告を任せたヤマトは登城していたジュラス元帥を捕まえ、昼間の出来事を細かく伝えたところだった。
「うん。だけどなぁ」
ジュラス元帥はまた小さな塊を眺める。
「ま、レインの言うことを疑うつもりはないよ。けど、この精度……まるで人間界の代物だな。この世界で製作したと言うより、人間界から次元転生させたと言った方が信じるかもしれないぞ」
「それもまた……」
ヤマトの言葉を遮るようにジュラス元帥は大きなあくびをし「分かってる分かってる」と、面倒くさそうに言った。
「で、今後はどのように?」
そんなジュラス元帥の姿を見ながらヤマトは問う。
「んー。俺は別にこのまま任務遂行で構わないと思ってる」
「いいんですか? 確かにレインの聞いた言葉だけでは証拠不十分ですが、このタイミングで最神を城下町へ連れ出すのは……」
予想外な返答にヤマトは戸惑いつつ言葉を詰まらせた。
「状況は把握している」と、ジュラス元帥は着古した黒の軍服のポケットへと弾薬をしまう。
「けどさ俺達の言葉を信用する天界連中もいないだろうし、あと数週間しか残ってない期間内にそのガナイドの男を見つけ出すのも難しい。ましてや、そいつが何をしでかすかまで聞いていないしな」
「それはそうですけど」
「俺はこれはこれでアリだと思ってる」
ジュラス元帥はニッカリ歯を見せヤマトに笑いかけた。
「もし、もしだぞ! 今回の任務が外へ、しかも反政府に漏れていたとして、何かしらのトラブルが発生したとする。だが俺達は姫様を守り通せば勝ちだ! 分かるか? 他の事情なんてものは知ったこっちゃない。天界軍がしでかしたミスだからな。自分の尻は自分で拭いてもらおうじゃないか」
ニタニタと笑う上官にヤマトはもの言いたげな目で睨んで見せた。
「突然のトラブルから姫様を守る中界軍の若き英雄二人。情報の漏れにあたふたする天界軍。実に素晴らしい! もし、今回の任務に関係ないところでガナイドの男が暴走しても、俺達はなんの問題もない! いいじゃないか!」
「相変わらず……というか」
ヤマトは自分のことを腹黒いと思っている。しかし目の前の上官は自分の何倍も真っ黒な腹の持ち主だといつも思う。
――ここまでしないと上へと昇れないのか……。
ヤマトは呆れつつ溜息を付いた。
「まぁ、閣下がそう命令するのであれば、自分達は従うまでですよ。やれと言うならやります」
「ん、頼むわ」
何度も聞いた言葉にヤマトは胸を張る。昔から何かを任され、皆に一目置かれるということに喜びを感じる。中界軍元帥からの厚い信頼。これこそがヤマトの最大のやる気スイッチだ。
「けど」と、ジュラス元帥はヤマトの肩を軽く二回叩く。
「無茶はするなよ。お前達に何かあったら、ちっと困るからな」
「分かってますよ」
ジュラス元帥の顔を見て、それだけはしっかり伝える。
「自分達はあなたの駒です。上手く立ち回りますよ」
「そう言うんじゃない。純粋に心配してるんだよ。もしかしたら命の危険が伴うかもしれないからな」
そんなことを言われヤマトはきょとんとしてしまった。
「まるで父親みたいな物言いですね」
ジュラス元帥は嬉しそうに笑う。
「なーに言ってんだよ! 俺の部下はみーーーんな俺の息子だ! レインもヤマトもみーんなな!」
そう言ってまた肩を叩く。
「そう……なのかもしれませんね」
ヤマトは目を閉じ、肩に置かれた手の温もりを感じた。
「閣下みたいな人が父親だったら人間の頃……もう少しマシな生き方をしてたのかもな」
目を瞑れば思い出す風景。
パジャマ姿の自分。雨の降る病院の屋上。点滴の跡だらけの右手に、動かない身体を支える松葉杖。何もない空間に踏み込む右足と、ともに襲ってきたふわりと身体が浮く感覚……。
「なになに? それ褒めてるの?」
「褒めすぎると調子に乗りますからね。これ以上は言いません」
ヤマトはニカッと笑う上官に微笑んだ。
「なんだよー。ケチッ」
ジュラス元帥は年甲斐もなく頬を膨らませるが「ま、いいや」と笑った。そしてヤマトの肩から手を離し「大丈夫だ。お前らはそのままで」と言う。
「ヤマト、レインどちらか……まぁレインはちと途中コケちまったけどな。ヤマト、お前は上に行ける。俺が道を作ってやるよ」
「心配しなくても大丈夫ですよ。すぐにあなたの隣を陣取りますから」
「隣? そんな謙虚な! 俺が踏み台になってやる。お前はさらに上へ進め」
「踏み台なんて言い方、止めてください」
ヤマトは呆れて笑った。
「いいんだよ。俺はお前ら次世代が動きやすい軍機関を作ってやる。だからお前は今できることをやれ」
その言葉をヤマトは心の中で噛み締めた。
天界軍と中界軍の格差。転生天使への迫害。
――三年前のガナイド地区での悲劇はもう起こさせない。あんな惨劇……。
「言われなくても」
ヤマトの強気な発言に「いい返事だ」とジュラス元帥は嬉しそうに笑う。
「大丈夫、閣下。俺はあなたの期待に応えてみせますよ」
ヤマトはビシッとジュラス元帥に敬礼してそう伝えた。
「おう! 期待してる!」
ジュラス元帥は歯を出して笑うと倉庫の扉を開け、夕焼けの中へと消えていった。
◇
ジュラス元帥が倉庫を出た後、ヤマトは不審に思われないように少し時間を空け、扉の外を見渡した。
外の廊下を見て人の気配がないのを確認し、行動を開始する。
まるで戦場の偵察のように、素早く天界軍や元老院に姿を見られないよう動く。
まったく……城の中だというのに、庭の景色や造形美を見ている余裕がないとはどういうことなのだろうか。
サンガと歩けば細かい通路や抜け道、先の偵察などをしてくれるが、一人だとなかなか骨が折れる。しかしダークグリーンの親衛軍の軍服や天界軍のグレーの軍服を着るわけにもいかない。そこにはプライドというものが少なからず関わっている……。
やっとの思いで箱庭の入り口まで来ると、正面入り口からではなく木々の中から庭へと入る。
ヤマトは緊張した気分をほぐすように大きく伸びをしながら芝生を踏みしめ、巨大な箱庭を歩き出した。
夕焼けの綺麗な木々の中を進むと、その色に染めたようなワインレッドのポニーテールの女性が木の幹に背を預けるようにして立っていた。
夕焼けとワインレッドの色合いが綺麗だ。そんなことを思いながらヤマトは芝を踏みしめ、進行方向にいる彼女へと近付く。
足音に気付いたエレクシアはこちらを向くと、木にもたれかかった姿勢を崩すことなくヤマトを睨んできた。
「おつかれー」
軽い声でエレクシアへ手を挙げながら横を通り過ぎようと歩く。
「今までどこへ行っていた?」
「ん?」
エレクシアの低い声に対してヤマトは明るい声で短く返事をした。
「何で?」
「質問に答えろ」
「俺の行動が気になるの?」
「うるさい」
短い会話に、エレクシアが腕を組んだ手の人差し指をトントンと動かして苛立ちを表現している。
「仕事だよ?」
「仕事とは?」
「そりゃ中界軍のだよ」
「……」
エレクシアは淡々と質問に答えるヤマトを更に睨み付けてきた。
「お前らは何を考えている」
「何をって?」
ヤマトは極力自分の感情を読み取られないように簡潔に発言する。いつもと違う淡々とした発言にエレクシアも警戒しているのだろう。張り詰めた空気が流れる。
「中界軍は何を企んでいるんだ?」
エレクシアの言葉の奥に嫌悪、恐怖が入り混じっているのをうっすらと感じ取った。
彼女も貴族出身の軍人の一人だ。主であるシラの前ではそんなそぶりを見せないが、転生天使に対しての恐怖心は少なからず持っているだろう。
「そう言われちゃあなぁ」
ヤマトは溜息を付きながらエレクシアの方を向く。
「そっちのボスも何を企んでるんだよ」
「何?」
ヤマトは声のトーンを低めに変え、つい本音を吐いてしまう。それを感じ取ったエレクシアの眉がピクリと動く。
「それはフィール元帥のことか? ダスパル元帥のことか?」
態度から察したヤマトは「ははーん」と心の中で勘付いた。
「ま、いいけどさ。こっちはこっちで、そっちはそっちでいろいろあるってことでしょ?」
エレクシアは「なに?」と木にもたれかかっていた体勢を立て直し、ヤマトに敵意を見せた。
彼女を横目に、ヤマトは手を振りながら箱庭の中枢へと歩き始める。
「おい! こら! ヤマト!」
エレクシアは苛立ちながらそう叫び、追いかけてくる。
「はいはい! こんなシケた話はやめにしよう、エレア」
ヤマトは声のトーンを戻し、箱庭の最神の部屋に向かった。
おそらくエレクシアはこの任務中にシラへ軍人のアピールをするというダスパル元帥の陰謀を知らされていない。
フィール元帥の部下だから知らされていないということなのだろうか。
それともフィール元帥は今回の陰謀に関与しておらず、全てダスパル元帥が独断で行っていることなのだろうか。
――その陰謀が本当に反政府組織に漏れていて、ガナイド地区の男がこのタイミングで何か仕掛けてきたら……。
「これは予想以上のことになるかもな」
小さく吐いたその言葉は、エレクシアの耳には届いていないようだ。
ヤマトはニヤリと笑いながら最神の部屋へと急いだ。