第一章エピローグ


「あれでよろしかったのですか?」

 ベルテギウスはデスクに整理された資料を眺めながら声を出した。青紫の髪をいつも通りオールバックにし、シワひとつないグレーの軍服を着こなしている。
 自分の主君であり、この部屋の持ち主である『天界軍元帥』は窓際で葉巻タバコをふかし外を眺めていた。

「あのような三文芝居……」

 ベルテギウスがそう言うと、ダスパル元帥は彼に振り返り笑う。

「すまなかったな。あのようなことをさせて」
「いえ」


 ダスパル元帥は自分の白い髭を撫でながら、タバコの煙を吐き出す。
「お前の言葉は最神にしっかり届いたのであろう。現に先ほどの軍議も見違えるほどであった」

 ダスパル元帥はよほど嬉しいのか、いつもは見せない笑みを浮かべる。

「しかしガナイド地区の住民があのような破壊力のある技術を持っていたとは……民に数名犠牲者が出てしまいました」

 ベルテギウスはそう言いながら眉を歪ませる。

「いや、許容範囲だろう。死者が数人で済んだのであれば問題ない」
「……」
「ガナイド地区の者は全て始末したのであれば、何も気にすることはないだろう」

 ダスパル元帥の言葉にベルテギウスは頷く。

「それは間違いございません。情報通り十人全ての遺体の収容は済んでおります」
「うむ」と、ダスパル元帥はまたタバコを口に咥えた。
「しかしこうも上手くいくと、かえって不気味だな……」

 そう言いながらダスパル元帥は自分のデスクへと座り、目の前の資料を見つめる。

「あの二人は……」とベルテギウスは口を開いたがその先をためらう。
 しかしダスパル元帥の促す視線に少し間を置くと言葉を続けた。

「転生天使の軍人は、極刑にするおつもりではなかったのですか?」
「あぁ……」

 ダスパル元帥はそんなことかとタバコを灰皿へと押し付けながら話す。

「あれは最神のお戯れだ。想定外ではあったが……生かすも殺すもあまり差はないだろう。ジュノヴィスが熾天使の騎士に残っているのなら今後に支障はきたすまい」
「なるほど……」
「これから最神がどのような振る舞いをしてくださるのか。楽しもうではないか」

 ダスパル元帥は背もたれに身を預けると、嬉しそうに微笑む。

「私の理想まで、そう日はかかるまい」と言いつつ、彼が右手をベルテギウスへ差し出す。
 ベルテギウスは言い付けられていた任務の報告書を差し出した。
 ダスパル元帥はその一枚目をゆっくりと眺める。

「閣下の読み通りでした。城内の資料は全てデタラメかも知れません」

 そこにあるのは軍人達の個別資料。
 一番上にあるその人物は見慣れた顔だ。

「この度の遠征中に出身と記された土地へ立ち寄りましたが、その場所は既に廃墟となっていました。出身貴族の屋敷は二十五年前に火災で全焼。家族や雇われていた屋敷の者含め、本人も遺体で発見されていると。領地の民は屋敷の跡地に墓地を作り、皆で埋葬したので間違いないと言っています」
「やはり……全くの別人という仮説は正しいかもしれぬな」

 ダスパル元帥は資料をベルテギウスへ渡すと椅子に深く腰かけた。

「別人が死者の名前を使って軍に潜り込んだと?」

 ベルテギウスは憶測の中での話に眉を歪める。

「ああ……」とダスパル元帥も先ほどまでの笑顔を消し頷いた。
「しかし地方貴族と言えど、今まで誰にも察せられず、このような地位まで昇り詰められるものでしょうか?」
「裏に何かがあるやも知れん」

 ベルテギウスは手元に返ってきた資料へ目を落とす。そこには大きく名前が記されていた。

『フィール・エーベルシュタイン。階級・元帥』
「ベルテギウス」
「はい」
「もう少し奴の素性を探ってくれぬか? もしかしたら私の計画に影響が及ぶやも知れん」
「御意に」

 べルテギウスはダスパル元帥の言葉に、右手を胸に当てゆっくりと頭を下げた。