土砂降りの雨。ぬかるんだ地面へさらに雨が打ち付けている。
暗闇のあちらこちらから炎が上がり、足元はゆらゆらと照らされていた。水溜まりに炎が映りさらに明るさを増す。
忘れもしないその光景……。その時の雨の匂いまでも思い出せそうなほど。
地面へうつ伏せになった白い羽根が見える。それも一人二人ではない。
倒れた仲間を見て俺は震えていた。
その中心に見知らぬ人影が佇んでいる。赤黒い長髪に白の軍服。そして禍々しい真っ黒の悪魔の翼。
背中は雨の中、刀を握った状態でその場に立っていた。
佇む悪魔の足元には純白の髪をした女性の背中が横になっている。悪魔が握る刀からは真っ赤な血が流れ落ちていて、足元に倒れた彼女の純白の髪を赤く染めていた。
男は顔にはのっぺりとした黒い仮面を着けている。その仮面には返り血が付き、不気味さが増していた。目の前の不気味な仮面の男は土砂降りの雨の中、佇みこちらを見ている。
表情を隠した黒い仮面に雨の雫が滴り落ちていく。気持ちがかき乱され恐怖が襲う。
俺は何度も彼女の名を呼んだ。しかしその声は倒れた翼には届いていない、
「お前が殺ったのか!」
そう叫びながら地面を蹴り上げ、目の前の人影を斬りつけた。
黒い翼の人影は俺の斬撃を刀で受け止める。
「お前がッッ!」
声を荒げた俺の方を向いた男は何かをブツブツと呟いた。そして俺の刀を跳ね返すと数歩下がる。
俺は次の瞬間、彼女の元へと駆けつけ身体に触れた。雨で顔が泥だらけになった彼女は動かない。手を握ると先程まで温かったはずなのに、今は氷のように冷たかった。
赤色が彼女の身体の周りを染めあげていく……。
周りの家屋の炎で照らされたその表情はもう俺に笑うことはない。
中に張り詰めていた何かがプツンッ……と鈍い音とともに切れた。
身体に感じたことのない何かが渦巻く。そのはっきりしない何かが指先から頭の中までゆっくりと侵食していくのが分かった。
先程までとは違う。俺が俺じゃないような感覚。身体がさらに何かに侵食されていく。
「殺すっ!」
意識が薄くなる。『殺せ』と頭の中の何かが叫ぶ。『呪いだ! 消せ!』と……。
そのまま俺はどこに立っているのか、何があったのか、何人殺したのかさえわからなくなるほど戦場を駆け巡っていた。まるで何かに追い込まれるように、何かに取り憑かれたように、呪いを殺意に変え敵を斬った。
雨が上がったと同時に俺はどこかの焼け崩れた家屋の中で完全に意識を失う。
それが『悪魔討伐戦の英雄』などという二つ名の由来になる戦いだった。