秋の風が吹く夕暮れ。
窓の外はオレンジ色に染められたグラウンドと下校をし始める学生達の声が聞こえていた。
窓の白いカーテンが風で大きく揺れる。
誰かカーテン縛ればいいのに……なんて思いながら自分は机に座ってそれを眺めているだけだった。
大きなあくびをする。誰もいない教室だから別にいいだろう。
そして、私はまた手元へ目線を落とした。
テスト期間なので部活のない放課後は私の好きな時間帯だ。
机に広がっているノートには何個もの落書きが散りばめられている。なんと不恰好なものばかりだろうか……。
イラストの右目と左目のバランスが何度描いても上手くいかない。私はまた消しゴムを取り出す。
勉強なんて大っ嫌いな私は、早く下校して家で勉強なんてするつもりは毛頭ない。
こうやって1時間ほどを潰して帰るのが私の日課になってしまっていた。
「なーずーな!」
ふと隣に立って私に声を掛けるのはツインテールに薄手のカーディガンを着た親友の友代だった。
「何してるの? 帰らないの?」
「うーん。暇つぶし、まだ帰らないかな」
私は消しゴムをかけながらそう言った。
「何描いてるの?」
友代は前の席へ着くと後ろを振り返り、私の手元を見つめる。
「お! 絵を描いてるのか!」
「うん。上手く描けないもんだね」
「そう? 前より上手になってるよ?」
そんなお世辞を言う友代を「ふーん」なんて言ってあしらう。
「なんのキャラ?」
「ん? んーっと……」
私は友代の質問に一瞬悩んだが、誰もいない教室だし親友の友代だしと思って話しを切り出す。
「私が作った物語のキャラだよ。主人公」
「わー! なずなお話考えてるの?」
「うん」
友代はちょっと大袈裟に驚く。
「どんな主人公なの?」
「えっと、別の世界の王子様で……」
私は恥ずかし気持ちを隠しながら、友代に自分の考えていたストーリーを掻い摘んで話した。
なんとありふれたストーリー。今思えば本当に恥ずかしいものだった。
「すごいね!」
そんな私の話を聞き終わると、友代は嬉しそうに笑った。
「漫画にするの?」
「漫画!?」
友代の質問に私はビックリして声を上げた。
「ムリムリ! こんなに絵が下手なのに」
自分で言って思わず笑ってしまう。
「じゃぁ小説?」
「小説……かぁ」
「ハリーポッターみたいな?」
「確かに……」
その頃ハリーポッターが爆発的に流行っていて、いつも図書室は予約でいっぱい。映画化していないあの頃でさえ一週間待ちという人気とは『社会現象』と呼んでもよいだろう。
私と友代も例外でなく、早く読みたい一心で自転車で30分の所にある市の図書館へと借りに行くまでハマっていた。
ハリーポッターは友代が教えてくれた作品だった。
私はその頃ハリーポッターに始まり、ダレンシャン、ネシャンサーガ、クレストマンシリーズと海外ファンタジーを読み漁っていた時期でもあった。
ファンタジーとはなんと素敵な世界なのかと、寝る間も惜しんで読んだものだ。
そのおかげで急速に視力が低下したのは言うまでも無く、母に怒られながら買って貰った眼鏡をかけ始めた時期でもあった。
イラストは書けなくても文字ならなんとか書けるかもしれない。
そんな安易な考えの私は友代にコクンと頷いた。
「小説ならなんとかなるかも」
「おお!」
友代はそう声を上げると突然立ち上がり、自分の鞄をゴソゴソと漁りだす。そして何かを手にすると元の位置へと座った。
「これ、あげる」
目の前に渡されたのはいつも使う大学ノート。薄い緑色の表紙だった。
中をめくると何も書いていない。新品である。
「これに書いてよ!」
「はい?」
私は友代の突然の言葉に声が裏返った。
「これに、小説書いてよ!」
「私が?」
「そう」
真っ白の大学ノートを眺める。
「けどさ、私字が汚いし……」
「大丈夫読める!」
「漢字苦手だから平仮名ばっかりになるよ?」
「そしたら私が漢字に直していくよ」
友代の顔を見ると彼女は眩しいほどの笑顔で笑っていた。
「読みたいな! なずなの考えてる物語!!」
その一言。そのたった一言が私を創作小説というジャンルへと誘った。
それからノートに物語を書いては友代に渡し読んでもらうという関係が始まった。
1番の読者は友代だ。
そう、それは何年経っても変わらない。
今でも私が印刷したルーズリーフのノートを持って行くと、母親になった彼女は笑いながら受け取ってくれる。
その関係はまだまだ続きそうだ。
あの秋の夕暮れから約十数年、私は創作小説とアニメオタクの世界へとどっぷりハマっていくのである。
それがこれからのお話し……。