第一章12幕


 すると隣からバチッという音と共に稲光が男の方へと伸びて散る。その電流を受けた男は小さな呻き声を上げて二歩後退した。
 その電流はヤマトの発した能力だ。
「もう一発!」
 ヤマトが左手に力を入れると左腕から稲光が発生し、速度をあげて男へと放たれる。ヤマトの雷の力は発動するまでに多少時間を消耗するが、威力は大きい。
 男は片膝を付いて「ゥグウ……」と、電流に耐えるように唸った。
 すぐさまレインは男の首元めがけて刀を振り下ろす。
 しかし突然、近くの家屋の屋根からふわりと布切れが落ち、レインの刀を受け止めた。
 急な衝撃を受けたレインは体勢を崩すも、その布切れから繰り出される拳を避け後退した。
「レイン!」
 体勢を立て直し次の攻撃を繰り出そうとするレインだが、ヤマトの声に動きを止める。そして数歩後ろへ下がると、布切れの塊へ刀を構えた。
 布切れを纏い現れた男は、こちらに向かってマントの中を広げて見せる。マントの下の体には大量の爆弾が体にびっしりと巻き付いており、男の顔は不気味に笑っていた。
「爆弾……ッ!」
 レインの言葉に小さく舌打ちをしたヤマトは、エレクシアとシラの前に立つと敵に向かって刀を構えた。
 爆弾の尖端にはすでに火が付いている。
「自爆する気か!」
 レインが叫ぶと、爆弾を体に巻き付けた男は雄叫びに似た声を上げた。
「最神は我々を見捨てた! 我々の土地を悪魔に売り払い、自分達の安全を買ったのだ! そんな神など、そんな政府などいらぬ! 我らの苦しみを神に! 我ら――」
 最後の言葉を叫ぶ前に男の体が爆風と火柱に消えていく。
 ヤマトはシラとエレクシアを庇うよう、風の能力を使い爆風から二人を守る。
 レインも自分の体を守る為に風を起し、爆風を防いだ。しかし爆弾に近かった為、頬や手足の数か所が赤くただれていく。
「くそっ!」
 そう吐き捨てながらレインは刀を振り降ろし、爆風を払う。
 先ほどまで男が立っていた場所には、代わりに地面をえぐるようにクレーターができあがっていた。火薬と人の焼けた臭い……。黒い爆煙がクレーターの周りを舞う。
 その無惨な光景にレインは怯み言葉を失った。その一瞬の隙に大男が爆煙から姿を現し、レインに攻撃を仕掛けてくる。避けることができなかったレインは、男の攻撃を刀で受け止めた。
「我らの苦しみを神に! 政府に!」
 大男は血走った目を向けレインに叫ぶ。
「そんなことをして何の意味がある?」
 レインはそんな男へ問いかけた。
「あるさ! 死んでいった同胞への償いだ! 我らがどんな……どんなに悲痛な日々を送ったか……」
 叫ぶ男の声が徐々に曇る。
「ガナイドが悪魔の領地になり、家族や仲間が奴隷のように扱われた。使えない者はどんどん殺された。洗脳され堕天使に転生した奴もいる。我らは天界軍が必ず、必ずくると……そう信じて……いたのに」
 男はシラを睨みつけながら、一筋の涙を零した。
「政府は何故ガナイドを捨てた? 何故助けを……。我らを助けてくれなかった? 三年前の討伐戦。あの頃にはもう我々以外誰も生き残っていなかった! もっと、もっと早く……」
「そ、それは……」
 男の悲痛の叫びに、シラは答えることが出来ない。
「我らはそんな神々を! 政府を許さない! 我らの苦しみを!」
 そう言って男は刀を弾くと、別の角度からレインに斬りかかる。
 レインはそれをかわし、男の右腕に向かって斬り返した。腕からは血しぶきが上がり、動きが一瞬止まる。レインはその一瞬を見逃すことなく、今度は男の左足へと刀を向けた。刀が腕と同じように男を斬り付ける。
 舞うように身体をしならせ、次の攻撃を繰り出す。脇腹、右膝、右手。
 レインの素早い攻撃を受け男の顔は歪んだ。
「ちっ! もう一人来やがった!」
 屋根の上に現れた影を睨んだヤマトは声を上げる。
「エレア! ここにいろよ!」
 それだけを言うとヤマトは、電流を発しながら屋根の上にいる相手めがけ走り出す。
 エレクシアとシラはその光景をただ無言で見送ることしかできなかった。
 レインはヤマトが別の敵に向かっていくのを確認すると、目の前の男に向かい刀を向ける。男は先ほど受けた傷の痛みで呻き声を上げながら片膝をついた。
「もう、これ以上は諦めろ。お前らの命を掛けても、もう仲間は帰ってこない。ガナイド地区は討伐戦で俺達が奪還したじゃないか」
 その言葉に「違う……違うのだ! 我らは……」と、男は叫んだ
 。
 身体につけられた切り傷から血が溢れ出す。
 レインは呻きながらも殺意の目で睨み続ける男の前に立ち、刃先を向けた。
「我らはッ!」
 急に男は大きく叫び、最後の力を振り絞るとレインに向かって襲いかかってきた。
 突然の動きに一瞬出遅れる。男はレインを跳ね除け、後ろにいるシラへと斬り掛かっていく。
 エレクシアが男の攻撃を受け止めようと刀を握り、シラを抱きしめる。
「クソッ!」
 レインは声を上げ大男の背中を斬りつけた。男の背中から血しぶきが上がる。
 しかし男は動きを止めることなく、シラへ斬り掛かっていった。
 レインは斬り掛かる男の首元へ刀を向けた。殺意のこもった金色の瞳が光る。
 その時――。
「レイン!」とシラが名前を呼ぶ。
「……ッ!」
 彼女の声に身体が動きを止めた。
 シラの言葉を思い出す……想いを思い出す。
『レイン。私はあなたにこれ以上誰かの命を殺めて欲しくない。皆の命を危険にさらしたくない。軍人達も、民も……レイン、あなたも……』
 一瞬動きを止めたレインを前に、大男は体勢を崩しつつも刀を振る。その刃先がレインの左目をえぐるように、下から上へと斬りつけていった。
「グッ!」
 レインは痛みに声を上げ、歯を食いしばりながら男を睨んだ。斬りつけられた傷口から血が溢れ出し、左目の視力が奪われる。
 倒れ込んだ男は刀を握り、再び体を起き上がらせると、シラとエレクシアへ斬り掛かった。
 その時だった。空気を切り裂く音とともに、その動きが止まる。動きを止めた男の腕にはクナイが突き刺さっていた。
 突然の出来事に男は驚き、クナイの刺さる腕を茫然と見つめる。
「殺れっ!」と、背中から男の声が聞こえた。
 レインは右目の視力を頼りに、今度は外すことなく男の首元へと刀を斬りつけた。
 男は大きな音と共にその場に倒れ、動かなくなる。
 レインはそれを確認し、左目の流血を押さえながら後ろを振り返った。
 そこにはグレーの軍服、青紫の髪をオールバックにした男が立っていた。男はクナイを何本か握っている。
「ベルテギウス大佐……」
 その男の姿を見てエレクシアがつぶやく。
 レインはベルテギウス大佐がこちらに向かって来る姿を茫然と見ていたが、徐々に意識が薄れていき、その場に崩れるように倒れた。
 ◇
「レイン!」
 シラはエレクシアの腕から離れると、血まみれになったレインの元へと駆け寄り座り込んだ。
「レイン! レイン!」
 シラがレインの手を握って叫ぶ。エレクシアはシラの隣に駆け寄ると、膝をついて脈を取った。
「大丈夫です。しかし早く止血しないと……」
 エレクシアの言葉にシラの目には涙が溢れてくる。
 他に現れた男を始末したヤマトはレインの元に駆け寄ろうとしたが、ベルテギウス大佐の姿にその場で足を止めた。
 ベルテギウス大佐はゆっくりとした足取りでシラに近付き、「姫」と口を開く。
「お怪我がなくて何よりです」
「ベルテギウス大佐! レインを!」
「はい。あらかた反乱分子は片付けたでしょう。すぐに我が部隊が参ります」
 シラは悠長に話すベルテギウス大佐を睨んだ。
 そんなシラの目に大佐は冷たい視線を返しつつクナイを腰に挿す。
「姫。貴女は此奴に何か申されましたか?」
「何か……とは?」
「いえ、此奴の刀筋に曇りが見えましたので」
 その言葉にシラは今朝の彼との会話を思い出す。彼の考え、そして自分の願いを……。
「我ら軍人は貴女の言葉で動きます。貴女の行動で全て変わるのです。人一人の命も、この世界も、この世界に生きるもの全てが貴女様のお言葉一つで変わるのです。それをよくお分かり頂きますよう」
 彼の言葉にシラはレインの服を強く握る。
「はい」
 シラの声にベルテギウス大佐は深く頭を下げた。