第一章5幕


 サンガが二人を連れてきたのは謁見の間ではなく、小さな扉の前だった。謁見の間でとなると元老院に見つかる恐れがある為、元帥の書斎での謁見となったらしい。

「こちらです」

 サンガはそれだけ言うと扉から離れて立ち、「ここから先はお二人で」という言葉を笑みで伝えてくる。
 それを読み取たヤマトは扉をノックし「失礼いたします」と言葉を掛けた。そして「どうぞ」の声が聞こえると、すぐに扉を開け中へ入る。
 ヤマトの一呼吸も置かない度胸にレインは相変わらずだなと思った。そして自分は大きく深呼吸して一呼吸置き、中へ続く。

「ささ、中へ」

 中には薄紫のロングヘアーの男性がいた。煌びやかな風格に物腰の柔らかい雰囲気。ダークグリーンの軍服の胸元にはたくさんの勲章バッジが見える。『天界親衛軍フィール元帥』だ。
 一年前。式典での演目の感想を人伝に聞いてはいたが、実際に会うのは初めてだ。
 フィール元帥は書斎の本棚の前に立ち二人を笑顔で見ていた。
 本棚の前にあるデスクにもう一人座っている人物がいる。白髪に同じ色の口髭。フィール元帥より小柄に見えるその人物こそが『天界軍ダスパル元帥』。グレーの軍服に身を包み、気品に溢れている。
 ヤマトとレインは二人のいるデスクの前に立つと敬礼をした。

「中界軍第七番隊所属ヤマト中尉、レイン少尉二名ただ今参りました」

 ヤマトの言葉にダスパル元帥は「うむ」と頷く。

「楽にしてよい」

 その言葉に二人は敬礼を崩し手を後ろに組むと、足を肩幅まで開いた。

「よく来てくれた。感謝する」

 ダスパル元帥の言葉はイメージと違い柔らかく、レインの肩の力が少しだけ抜ける。

「すまぬが時間がないので手短にさせてもらう。今回の任務の内容はもう知っての通りだ。大変な任に就かせてしまって悪いな。君達二人の任務は、最神様を何事もなくお連れして、帰ってくること。最神様はこの世界のことをさらに知りたいとおっしゃっておいでだ。元老院に踊らされている今の現状に不満を持たれている。それは正直私達も同じなのでね。最神様によりよい政をして頂く為にもこの任、よき方向に持って行って欲しい」
「はっ!」

 二人がはっきりと返事をする。その声にダスパル元帥は嬉しそうに頷いた。

「ひとつ、お伺いしてもよろしいですか?」とヤマトは言葉を発した。
「うむ」

 ダスパル元帥の返事を待ってヤマトは話し始める。

「何故、自分達がこの任務に……」

 その言葉を遮るように扉がノックされた。

「どうぞ」

 フィール元帥の声に合わせ扉がゆっくりと開く。

「いやあ、探しましたぞ~ダスパル元帥!」

 頭を掻きながら現れたのは、ガリガリの体型に色がくすんだ黒の軍服。無造作な白髪交じりの髪に、伸びきった髭を蓄えた中年男性だ。

「それはすまなかった。謁見の間で元老院にこの者達を見つけさせるわけにはいかぬのでな」

 ダスパル元帥の言葉に「確かに」と頷きながらその男性は中に入ってくる。レインとヤマトは視線を動かすことはできなくとも、それが誰だか分かっていた。

「ジュラス元帥、丁度この子達が何故今回の任に指名されたかを説明しようと思っていたところです」
 フィール元帥の言葉に「それは私の大切な部下ですからな! 優秀な者ばかりですよ!」

『中界軍ジュラス元帥』は明るい声で答える。

「最神様のお考えを尊重し、今後どのようにしていくかという時に君達の話が出てね、今回の極秘任務に着任させることにしたんです。私が前々から素晴らしい才能を持った中界の天使がいると話していたので、ダスパル元帥もすぐに承諾してくださって……」

 フィール元帥がそれに付け加えた。

「今回の任がもたらすものは大きい。最神様の政の根本的なお考えが変わるかもしれない大事な時期だ。くれぐれも頼むぞ」

 白の口髭をなでながらダスパル元帥は嬉しそうに言った。
 その言葉にレインは少し違和感を感じる。言葉の重み、淀みのような何か……。

「以上」

 場を締めたダスパル元帥の言葉に再び敬礼をし、レインとヤマトは部屋を後にした。

 ◇

「いや~緊張したな~」

 別の部屋に移動し、扉を閉めた第一声はヤマトのものでも、レインのものでもない。サンガは扉の外で待機している為、彼のものでもない。

「な? あの二人の前にいると緊張するよな~」

 その軽い声にレインは急な脱力感に襲われた。
 目の前にいる黒の軍服に身を包んだジュラス元帥はゲラゲラと品のない笑い方をし、二人に話し掛けてくる。
 箱庭に戻る前に少し話をさせてくれというジュラス元帥の言葉で、サンガは狭い書物庫へ案内してくれていた。庭園に突き出るように作られた書物庫で、ここなら通りすがりの誰かに聞き耳を立てられる心配もない。

「二人とも久しぶりだな!」

 サンガの配慮にジュラス元帥は満足そうに大きな声で話し出した。

「お久しぶりです」と、レインは目の前のジュラス元帥に敬礼をする。
「あ~いいよ~堅苦しいのはさっきのでおしまい!」

 そう言ってジュラス元帥は手を振って見せた。

「お帰り、レイン」
「はい。少しの間ですが、また閣下の下でお世話になります」
「うむ! 少しと言わず、ずーっとでも構わんぞ~」

 その言葉にレインは苦笑いを見せる。

「分かってるよ」

 ジュラス元帥はレインの頭をグシャグシャと撫でた。

「ちょっ! 閣下! 止めてください!」

 レインの嫌がる声にジュラスはゲラゲラと笑う。

「ってか、俺は数週間ぶりですけど閣下、また痩せました?」

 ヤマトの言葉にジュラス元帥は「あはは~」と、今度はごまかすように笑った。

「またろくに飯も食わずに働いてるんでしょう。全く……」
「え~ヤマト、お母さんみたいなこと言うなよ~」
「言ってません。見たままの感想です」

 ヤマトの言葉にジュラス元帥は嫌そうな顔を見せる。
 レインも一年ぶりにジュラス元帥に再会したが、一目で分るほど身体はやせ細っていた。元帥なんて肩書が不似合いなほどだ。

「あのねえ、俺は結構忙しいの! しかもこの任務のことも被ったし大変だったんだ! 今回の任務、裏があるって調べるのにすごく時間が掛ったんだからな!」
「裏……ですか?」

 レインの声に元帥は「ああ」と答える。

「最神は今のところ、元老院側の意見を多く取り入れてる保守派だ。天界の紛争や反乱なんてものを極力軍を使わない方向で進めてる。前最神はそれをこなしていたけど、今の世界状況は軍の介入が必要になってくるところまで膨らんでるのは、お前らも感じているだろ? 我々軍人としてはこのまま軍を動かさないってのは困るってことさ」
「その軍を動かすことと、今回の最神のお散歩とどう関係が?」

 ヤマトが話に入る。

「最神は人を殺めることを極端に嫌うらしい。自分が動かした天使達が人々を傷つけるのをね」
「なんでまた?」

 レインの質問に「それは俺に聞かないでくれよ~高貴な方々の考えは俺には分からん」と、ジュラス元帥は大袈裟に首を振った。

「で、『この世界の安定は軍が保っている』っていうのを見せるのが今回の真の目的」
「ほほ~」とヤマトがニヤリと笑う。
「自分達に何か仕掛けて来るってことですか?」
「いや、簡単に言うと散歩中に街の者がイザコザを起こして、それの仲裁をするのが通りがかりの軍人っていう寸劇を見せるらしい」
「そんなので上手く姫様の心を動かせるものですか?」

 レインの言葉にジュラス元帥は笑った。

「さあ~、でも『世界』の『せ』の字も見ていない、文字通り『箱入り娘』だぞ? 本の中でしか世界を見ていない彼女には天界軍の寸劇は大きく映るのかもしれない」
「それが全貌ってやつですか」

 レインがぼそりと言う。

「ま、その話を俺達中界軍に下ろしてこない辺り、俺達ハブられてるね~」
「閣下! ハブられるとか、そういう言葉知ってるんですか? うわ~」
「なんだよヤマト! 馬鹿にしてるだろ~」

 ヤマトとジュラス元帥の掛け合いを聞きながら、レインは少し考え込む。

「なに? レイン」

 ジュラス元帥の声にレインは少し間を開けて答えた。

「その全貌を自分達に話さないってことは、何かトラブルが起こった場合、天界軍は我々中界軍に全て被らせようとしている。ということですか?」
「そゆこと!」

 ジュラス元帥はニコリと笑った。

「そうとでも考えないとこんな重要機密の任務、俺達に振ってくるわけないでしょ?」
「確かに……」
「天界軍も親衛軍も何か問題が起こってしまうと自分達の立場が危ういからね。元老院に目を付けられて、何かと追及されるのは今後の軍議や政界でも痛手だし」
「それの保険ですね」
「そうだな。もし何事もなく軍人の寸劇を見せたとする。後は元老院に見つかる前に俺達を中界へ追いやれば、今回の極秘任務は公にならずに終わるだろ? そのおかげで最神が軍をもっと活用するような対策を考えるようになったら万々歳!」
「上手く使われているってことですか」
「いじめられっ子な転生天使は嫌な役回りだよね~」

 ジュラス元帥はやれやれと肩をすくめた。

「ほほ~」

 ヤマトがまた不敵な笑みを見せる。

「閣下。ひとこと言ってもいいですか?」
「何? ヤマト、許可するよ」
「馬鹿らしい」

 ヤマトのはっきりとした言葉にレインは驚く。

「ちょっ、お前ッ!」

 レインの言葉を遮るようにジュラス元帥も同じように「そうそう! 馬鹿らし~」と笑った。

「ジュラス閣下まで!」

 レインが慌てて止める。

「ここをどこだと思ってるんですか? 聞こえてたらどうするんですか!」
「へ~きへ~き! どうせ俺たちいじめられっ子集団だも~ん」

 元帥の軽い言葉の裏に違う意味が含まれているのを感じ取り、レインは押し黙る。

「でもこの作戦、上手く成功して最神の中で俺達の株が上がればラッキーだと思わないか? な?」
「そういう魂胆なのは分かってますよ、閣下」と、ジュラス元帥の言葉に被せるようにヤマトは話す。

「大丈夫、あなたの思惑通りに自分達は動きますよ」
「はい。任せてください、ここまで来たからにはやり遂げます」

 ヤマトの言葉に続きレインもそう言って頷いて見せた。
 そんな二人にジュラス元帥は嬉しそうな顔をして微笑む。

「助かる。頼むわ」
「はい」
「了解です」

 二人の返事を聞くとジュラス元帥は扉を開け「ってことで」と前にいるサンガを見る。

「はい、大丈夫ですよ。僕は何も聞いていません」

 サンガの言葉を聞くと、ジュラス元帥は黒の元帥マントを翻しながらその場を後にした。