第二章ノ壱5幕


 黒の軍服に身を包んで、ここまで胸を張って城内を歩くのは初めてだった。ヤマトは周りの視線をガンガンに感じながら堂々と廊下を歩き続ける。
 極秘の軍議の翌日。城内へと入り本来の仕事場である『最神』シラの元へと向かっていた。
『熾天使の騎士』というワードはやはりかなりの威力がある。
 皆キツイ目線を送っては来るが、絡んだり嫌味を言って来るものはいなかった。
 この黒の軍服を胸を張って着こなせる。それは自分にとってかなり大きな自信に繋がっていくだろう。そう心に思いながら先を急ぐ。

 情報によればこの先の城門近くにいるとのことなのだが、未だにそれらしき連中が見当たらない。そのまま屋外へと足を運んだ。
 周りは綺麗に整備されていて、木々もきちっと剪定されている。
 そんな屋外の道を進むと、正門より小さいがそこそこの大きさの城門が目に入って来た。その下に多くのグレーの軍人の人だかりも。
 近づいて行くとそのグレーの軍人の中にアクアブルーの髪を三つ編みで括り、赤いリボンをしたドレスの後ろ姿を発見した。隣にはオレンジ色の髪、ダークグリーンの軍服も。シラとサンガの背中だ。

「やっと見つけた」

 ヤマトは歩き回った感想をボソリと吐いた。
 すると近くにある建物の柱に少し隠れるように若草色の髪に黒の軍服の背中が見える。そいつはその柱に背を預け、腕を組むとシラとサンガ、天界軍の兵士達を眺めていた。
 ヤマトはその背中に向かって歩く。そして真横に着くと大きな溜息を付いた。

「今日は何でまたこんな所に?」

 そんなぶっきらぼうな質問をすると、隣の青年は金色の右目をチラリとこちらに向け、また前を向いた。

「シラが二十四番隊の遠征出発に挨拶したいからってここまで来た」

 青年はさらにぶっきらぼうにヤマトに言ってくる。左目は包帯に巻かれたままで、まだ義眼が出来上がっていないことを示していた。

「レインもご苦労さまってところか」

 ヤマトはそうレインに向かって言う。

「別に?」

 その答えにヤマトは鼻で笑った。
 自分がこれだけ周りの反応に押し負けられているんだ。日頃から人前に出たり、注目されるのが苦手なレインはもっとストレスを抱えているだろう。

「二十四番隊はまた遠征か」
「みたいだな。結構頻繁に出てるみたいだ」
「ふ~ん」

 ヤマトの言葉にレインはまた瞳だけこちらに向ける。

「おかしい……と思うか?」と、レインがヤマトに問う。
「思うね」

ヤマトは言葉少なく答えた。

「だよな」

 レインの言いたいことは分かっている。
 あの事件の時だけ帰還し、すぐにまた城外へ。どうも虫が良すぎやしないだろうか?
 二十四番隊がガナイド地区の男達に情報を与えたのではないのか? そう思うのが妥当だろう。
 しかしそんな証拠もない話だ。これ以上は追及出来ない。

「お? 終わったかな」

 レインはそう言うと体を預けていた柱から離れ、シラの方を向いた。
 少し先でシラがこちらを見ている。

「シラはこうやって城内を見て回ることから始めるんだとさ」
「ほ~。いい心構えだな」
「ま、ダスパル元帥の思惑通りに前進したって事だろう」

 二人の会話は何だかいつもより淡々としている。ヤマトもレインもこの状況をまだきちんと把握できていないのだろう。
 すると少し後ろから馬の蹄が聞こえてきた。その音を聞き、後ろを振り返る。
 そこには黒の馬に跨ったグレーの軍人の姿があった。
 馬はゆっくりとレインとヤマトの前を通り過ぎていく。馬に乗っている奴は見覚えがあった。

「ベルテギウス大佐」

 青紫の髪をオールバックにした漆黒の瞳。グレーの軍服に胸に光る多くの勲章バッジ。その男はこちらを一瞬見たが、すぐにシラの方へと顔を向け馬を進めた。
 ヤマトの瞳にフワリと殺意が沸き起こる。

「レイン……」

 その先の言葉を発することが出来ないほど、その進んでいく馬の上の背中を睨みつけていた。

「分かってる」

 レインはその言葉だけ言って溜息を付く。呆れているんだろう。しかしヤマトはその男へ殺意を向けずにはいられなかった。
 ベルテギウス大佐。奴が二十四番隊の隊長で、三年前の『ガナイド地区悪魔討伐戦』での参謀を務めた男。
 自分達中界軍を捨て駒にし、ゲートが開かなかった魔の一時間を命令した男に間違いなかった。
 そして今回の事件で不自然なまでの登場。何もかもあいつが関与している。
 ヤマトの黒の瞳は殺意で溢れた。

「俺の当面の敵はあいつだ」

 ヤマトの低い声にレインは「ああ」とだけ答える。
 その『敵』である天界軍の大佐はシラに軽く挨拶をすると、兵士達を引き連れ城外へと消えて行った。
 その背中を消えるまで睨み続け、満足したヤマトは大きな深呼吸をすると元の顔で笑いレインに話し掛ける。

「で? 今日は三人か? エレアは?」
「ああ、後ろ」

 元のヤマトに戻ったのを感じ取ったレインは、普段通りの声で軽く答える。

「後ろ??」

 そう言って振り向くと2人の少し後ろの外壁に背中を預け、ぼうっとしているエレクシアの姿を見つけた。

「あれ? 何か元気ない感じ?」

 ヤマトはそのワインレッドのポニーテールを見て不思議そうに言った。

「俺が中界から帰って来てからずっとあの調子だ。今回の事件でいろいろあったからな。シラもサンガもそっとしてやってるみたいだ」
「ありゃりゃ~。凹んでるのか?」
「ま、そういう事だな」
「お前何か言ってやれよ」
「俺が何言うんだよ」
「昔、凹んだ経験を生かしてだな」
「うるさい」

 レインの睨む顔にヤマトはケタケタと笑う。

「仕方ないなあ」

 そう言ってヤマトはエレクシアの方へと歩き出す。

「余計な事言うなよ」
「はいはい」

 背中から聞こえるレインの言葉にヤマトは手を振って答えた。





「エレア」

 そう声を掛けながらヤマトはエレクシアに手を振った。

「お前か」

 エレクシアは一瞬ヤマトを見ると「はあ」と息を吐く。

「なんだよ~久しぶりなのにその反応」
「いつもこんな反応だろうが」
「そうだっけ?」

 そう話しても明らかにエレクシアの声には覇気がない。

「なに凹んでるんだよ」
「へっ! 凹んでなどいない!」
「いるでしょ」

 建物の壁に寄りかかるエレクシアの場所は、屋根がある為少し陰になっている。まるでエレクシアの心の境界線のように影が地面の色を分けていた。
 エレクシアは顔を上げるとヤマトのさらに先を見つめた。ヤマトはその目線の先を追うように後ろを振り返る。
 そこにはレインの元に向かって手を振りながら歩くシラの姿。シラは笑顔でレインの元へ行くと嬉しそうに話をしている。
 レインもさっきヤマトに向けたふて腐れた顔ではなく、優しい微笑みをシラに向けていた。

「あ~あ~、お熱いことで」

 ヤマトはそんな二人の姿を見て微笑んだ。

「私は……」

 エレクシアが小さな声で話し出す。
 ヤマトは後ろを振り返るのを止め、エレクシアの方へと向き直る。

「今まで何をしてきたのだろうか」
「何をって?」
「姫様を守る。それが私の全てだった。誇りでもあった……」
「うん」
「しかし、実際姫様が危険にさらされた時どうだった? 私は何の役にも立っていない」
「そうだな」
「……」

 ヤマトの率直な答えにエレクシアは言葉を飲み込む。

「で? それで凹んでるの?」
 ヤマトは呆れるようにそう言った。

「エレアはまだお子様だな~」
「な! 何を!?」

 エレクシアはヤマトの挑発的な発言に少し反応はしたが、力無くまた元の体勢に戻る。

「確かに俺はあの時、エレアは使いものにならないと思ってた。実際そうだった」
「……」
「けど、だから何?」
「……」
「今回の事件で大切なのはシラを守れた事、みんなが生きてる事だろ?」

 ヤマトの直球の言葉にエレクシアは「はっ」と目の前の彼の顔を見た。

「親衛軍でヌクヌク生活してて、今回初めて『死』を痛感した。大切な人の『命』を奪われるかもしれないという恐怖を感じた。人の焼ける臭いを吸った。血の飛ぶ瞬間を見た。それでお前は終わるのか?」
「!!?」
「俺もレインも、それは痛いほど味わってきたんだよ。だから今がある。お前はこの先あの日の経験を生かす日が来る。だからここで凹んでても何の意味もないだろ?」

 ヤマトのはっきりした言葉にエレクシアの瞳に輝きが帰ってくる。
 自分がジュラス元帥から貰った気持ちをエレクシアにも分けてやろう。ヤマトはそう思った。

「お前は最神の一番の護衛だろ? もっとしっかりしろよ! その場所、俺やレインに持っていかれるぞ?」
「……」

 エレクシアはヤマトの言葉を聞き終えると大きく深呼吸をする。

「私は……まだやれるだろうか?」
「何言ってんの? エレアらしくない」

 ヤマトはそう言っていつものように二ヤリと笑って見せた。
 その憎たらしい顔にエレクシアも笑って見せる。

「お前に慰められるなんて……私も落ちつぶれたものだ」
「そうかもな」

 そう言うとヤマトはエレクシアに向かい手を差し出す。
 エレクシアは一瞬躊躇したが、手をゆっくりと出した。
 ヤマトはその手をしっかり握ると、陰になっているそこからエレクシアを引っ張りだす。

「お、おい!」

 エレクシアは急に引っ張られ声を上げた。ワインレッドのポニーテールが揺れる。
 するとエレクシアの声に先にいるシラとレイン、サンガが気付いたらしい。こちらを見ていた。

「エレアー!! ヤマトー!!」

 そう言ってシラが嬉しそうに手を振っている。

「ほら、行くぞ!」

 ヤマトはそう言ってそのままエレクシアの手を引いて三人の元へと歩き出した。

「おい! ちょっと!! 離せ!!」

 エレクシアは真っ赤な顔をしながら叫ぶ。
 しかしヤマトはそんな言葉も気にせずズカズカと歩き、シラの元へとエレクシアを連れて行った。
 そんな昼下がり。空は快晴。
 シラの成人の儀が行われる約二か月前の出来事だった。