第二章ノ壱7幕


 シラ、レイン、ヤマトはサンガの背中を追いかけるように長い廊下を歩いていた。
 いつもは向かうことのない区画への道だ。

「この先は神殿への道になるので、あまり人通りはありません」

 サンガが前を向いたままそう言う。

「神殿……」

 レインはその言葉を繰り返すように言った。

「古き時代から創設された『神が生まれし土地』を祭る所ですね」

 そう言ってシラはレインに向かって笑う。

「古き時代に多くの事が起こったとされるこの城の中で、最も重要視されている場所です。私が成人の儀を執り行うのも、お二人の熾天使の騎士としての就任の議を行うのも神殿です」
「そこに居るのが『天界巫女』って事か」

 ヤマトが質問する。

「そうです。私と同じ古き時代からの血族を継承されてきた御方ですね」
「多くの事が起こったって?」

 レインがさらにシラに説明を求める。

「古き時代からの書物によれば『神』つまり『初代最神』が誕生した土地で、古き時代に起こった大戦争の始まりの土地。そして『初代魔王』を打ち取った土地とも記されています」
「初代最神に初代魔王ね……途方もない話だな」

 ヤマトは小さく鼻で笑った。

「そうですね。初代最神は世界を作り変える程の能力の持ち主だったと記述にはあります。今はもう血も薄くなってしまっているので、私にはその力は残っていませんが」
「初代魔王を打ち取ったのも初代最神なのか?」
「はい。記述によれば……ですが」

 ヤマトの言葉にシラは答え、一瞬言葉を詰まらせるように話すのを辞めた。

「もうすぐです。皆さん少し気を張ってください」

 サンガの言葉に目の前を向くと、そこには数えきれないほどの鳥居が道に沿って立っている光景だった。
 鳥居と言っても日本のような作りの物ではない。中国の造形美のような小物が何個も付き、タイやベトナムのような煌びやかな色合いをしているのが数えきれないほど並んでいる。
 初めてこの場所に来たレイン、ヤマトはその光景に言葉を失い息をんだ。
 そしてその鳥居に合わせるように緩い階段が続いているのが見える。

「空気が変わった」

 レインがそう小さく吐く。
 敏感なレインはその空気が神殿と呼ばれるのに相応しいと思うほど透き通っているのを肌で感じた。なんと綺麗で、まるで真空状態のような……ゴミやチリが存在しない感じ……不思議な空気だ。
 階段を上るとそこは城と同じような外壁に白い門が立っているのが見える。
 そこには数人の軍服の軍人が四人を待っていた。
 一番に見えたのは天界軍ダスパル元帥。その隣には親衛軍フィール元帥。二人はそれぞれ自分の中将を二人ずつ連れていた。

「お待たせしました」

 シラの言葉にその場の全員が敬礼をする。

「いえ、急なお呼び立て申訳ありません」

 白髪の頭を下げながらダスパル元帥がそうシラに話す。
 そんなダスパル元帥の言葉にシラは首を振った。

「巫女様のお告げはいつもこうですから」
「おそらく最神様の儀式の事でしょうぞ」
「そうですね」

 そう話す二人を横目に、フィール元帥がレインとヤマトの側に来て嬉しそうに笑った。

「君達も来たの?」
「はい。ご指名のようでして」

 ヤマトの言葉にフィール元帥は「ふ~ん」と返事をする。

「レイン。左目の具合はどうだい?」
「はい。お気遣いありがとうございます」

 レインの言葉にフィールは笑い話をしようと口を開いたがその瞬、間門が大きな音を立てゆっくりと開いた。
 そして中から着物に似たような服装をした少女が姿を現す。その少女は全員の顔を順番に見るとゆっくりと頭を下げた。

「お待たせいたしました。天界巫女様の元へご案内させていただきます」

 淡々として透き通った声にレインは一瞬背筋が凍る。

「行こうか!」

 フィール元帥は慣れたように前を歩き出した。

「お二人とも、なにとぞ粗相のないように!」と、サンガはレインとヤマトに釘を打つと門の外で他の軍人へ深く頭を下げた。

「レイン、ヤマト、行きましょう」

 シラがいつもより険しい顔で二人を呼ぶ。
 そんなシラの表情にレインは無言で後を着いて行った。





 神殿の中は薄暗く、所々に松明があるだけで何とも異様な空気だった。
 しかし短い廊下を抜けるとそこは大きな場所があり、でまるでプラネタリュームのような半球状の部屋が広がっている。
 その中の空気はさらに透き通っていてヒンヤリと涼しい。
 真っ暗の空間の壁には等間隔に廊下と同じ松明が並ぶだけで他に明かりは無かった。
 半球の空間を少女が先頭を歩く。その少女が空間の真ん中を歩くと、歩いた足跡がまるで蛍が光るように柔らかい光を放ちだす。

―――ポンッ。ポンッ。
 光は水面を波紋するように広がり、壁にぶつかると反響する。何とも幻想的な光景だった。
 そんな空間を一同は一列になって歩く。
 半球の空間の先には小さな祠があり、その場所の松明だけ妙に明るい。その祠の両サイドには壺が要されており、その壺には榊が祭ってあるのが見える。
 そして、小さな祠の中には誰かがいるようだ。
 一行がその場所に近づくと祠の後ろから先導していた少女と同じ服装、同じ背丈、同じぐらいの年齢の少女が五人出てくる。そしてその祠のサイドに並びこちらに向かって頭を下げ、一行を迎え入れた。

 皆が到着すると、先導していた少女もまた同じように並び頭を下げる。
 するとシラが一番前でゆっくりと方膝を付け、忠誠を誓うように頭を垂れた。
 その少し後ろにダスパル、フィールが同じように体勢を取る。さらに後ろにその二人の中将。最後にレインとヤマトだ。

 皆が同じポーズを取ると、目の前にある祠の中にいる人物がゆっくりと姿を現した。
 その姿は正に人形の様。表情のない女性で着物は何十にも重ねられ、頭には金色に光る装飾が施してある。赤い紅を少しだけして目の周りはうっすらとした化粧。シラに近い年齢だろうか。
 女性が歩くと頭の装飾品がシャリン、シャリンと鳴る。女性はシラの前に正座をすると深く頭を下げた。
 それに合わせてサイドに並んだ少女達も同じように座り、深く頭を下げ地面へ額を付ける。
 一瞬空気がキンッと凍るような感覚に襲われる。
 そして目の前の女性がシラに向かって話し出した。

「最神様。よぅお越しくだはりました」
「はい」

 シラはその言葉に答える。

「この先、最神様成人の儀の執り行いをご報告させて頂きとぉ、呼び立てした次第でございます」
「はい」
「最神様の成人まであと五十日。今日からこちらで儀式の洗礼を始めさせて頂きとぉございます」
「はい」
「それに就きまして最神様の血族の証を頂戴いたしとぉございます」

 その巫女の言葉に、先ほど先導した少女が小さな白いお皿とナイフを持ってシラの目の前に座る。
 シラは何も言わず忠誠を誓う体勢のまま右手を差し出す。すると少女はシラの人差し指にナイフを持っていき、ゆっくりと引いた。
 少し触れただけでシラの人差し指の皮が斬れる。そこから真っ赤な血が溢れた。
 その血はやがて雫となり小さな皿へと落ちていく。
 一滴を載せた皿を少女は確認すると深々と頭の上へ掲げ、元の位置に戻った。

「真にありがとぉございました」

 巫女は言葉を話すとゆっくり起き上がり、元の祠に戻って行く。そしてまた無表情のまま祠の中へと身を沈めた。
 すると今度は別の少女が立ち上がり、こちらに近づくと一例する。

「外へお連れします」

 どうやら謁見は終わりのようだ。
 ダスパル、フィール、そして中将達は立ち上がり元来た道を歩き出す。
 レインとヤマトも同じように立ち上がろうとすると「お待ちください」と白い皿を持ったままの少女が声を掛ける。

「お二人はこのまま最神様とお残りください」

 その言葉にレインとヤマトはアイコンアクトを取る。
 前を向くとシラは先ほどと変わらない体勢のままで頭を下げていた。
 レインとヤマトは無言で同じように体勢を維持し、他の者達がその空間から消えて行くまで待った。
 遠くの方で入り口のドアがバタンと閉まる音が聞こえる。
 するとシラが前を向いてニッコリと笑った。

「お久しぶりです巫女様」

 その言葉に祠の中にいる巫女は無表情で何も反応しない。
 少しの間が空く。
 すると祠の中にいた巫女がまたゆっくり動き出し、外に出るとシャリンと音を立てながら今度はサイドにいる少女と同じ場所に並び頭を下げた。
 額を付けぴたりと動かなくなったのと同時に、一番祠に近い白の皿を持った少女がゆっくり立ち上がる。と、近くの台にそれを置き、そのまま祠に入った。
 そして嬉しそうに満面の笑みで笑う。

「お久しぶりでございます! 姫様!!」

 その明るい声に周りの松明が一機に燃え上がり、辺りがパッと明るくなった。

「そして熾天使の騎士様になるお二方。ヤマト様、レイン様、お初にお目に掛かります」

 祠に入ったその少女が深々と頭を下げ、一息付くと体を起こしまた笑う。

「わたくしが第三百七十二代天界巫女。名をアカシナヒコナと申します」

 その少女の言葉に全身の毛が逆なでするほど空気が変わり、その場のが一気に暖かくなるのを感じた。