三人は重い足取りで神殿を後にし、サンガの元へと戻る。口数の少ない三人の様子にサンガは不安そうに窺ったが、何も言わずに箱庭へと案内してくれた。
箱庭に戻った三人は各々の定位置。シラは書斎のデスク、レインは真ん中にある丸テーブルの自分の席、ヤマトはその隣のソファーでサンガが入れてくれた紅茶を飲んだ。
サンガの入れた紅茶が身体を温める。一息付いたところでヤマトが大きく翼と共に伸びをして話し出した。
「で? 姫さん的にはさっきの話、どう思う?」
「どう? とはなかなか難しい質問ですね」
シラはティーカップを見つめながら口を開いた。
「巫女様には何度かお会いしたことがありました。お告げも今までに二度聞いてます」
紅茶の中を覗くように見つめながらシラは溜息を付く。
「でも、今までは『昨日起きた出来事はこういう事があったからだ』とか、私が悩んでいることを『あまり深く考えるな』とか……何ともあやふやな言葉ばかりでした」
「ま、占いみたいなものか」
ヤマトが付け加える。
「はい。今回のようなはっきりとした先読みは初めてで……」
「転生天使が人間の死を予知する『能力者』とも系統が違うのか?」
レインがその話に入る。
「それは別だろう。人間は天界との次元が違う、その魂の響きを感知するから可能なんだって役所の連中が言ってたしな」
ヤマトの話にレインは「なるほど」と答えた。
「それにしても……スケールがデカすぎて頭が付いて行かねぇ!」とヤマトは溜息を付きながらソファへと倒れ込んだ。
「そうですね。私のように血族の因果があるならまだしも、二人にもその『世界を変える力』があるというのは……」
「だな」
横になったヤマトが返事をする。
「案外、俺もレインも前々前世に何かやらかしてるかもよ?」
「また突拍子もない」
レインがヤマトの話に呆れ顔で答えた。
「前世ですか?」
シラがその話に食いつく。
「そっ! 転生天使達の間ではそういう考え方が根本にあるんだよ」
「と言うと?」
「転生っていうのは魂の循環だ。前世に何か悪い事をした者は『蘇り』つまり新しい身体に生まれ変わったら何かリスクを背っているとか、前世で結ばれた相手と生まれ変わっても結ばれるとかだな。
人間として死を経験した転生天使はもう一度死を経験すると、元の人間の身体へと生まれ変わるってのが転生天使達が考えてる説。人間はいくら転生天使になっても、また人間に生まれ変わる。天界天使は死んでも天界天使に生まれ変わる」
「はい」
「けど今回の古き時代の話を聞いたらその説も怪しいな」と、レインがヤマトの話に入って来る。
「そゆこと! 人間を中界に落とした時にその魂の循環を初代最神が自らの力で歪め、人間に生まれるはずの魂を転生天使にすることに成功した。
初代最神が魂の循環事態を変えたのなら、天界天使から人間、人間から天界天使という魂の流れがあってもおかしくない……って話だ」
「で、今回の話と何が関係あるのですか?」
シラがヤマトに向かって首を傾げる。
「つまりだ。シラみたいに血族の流れ以外に『世界を変える力』を持った者は前世、つまり『古き時代に何かを起こした魂かもしれない』って俺は思ったわけ」
「なるほど」
「それも仮説だろ?」
レインが大きな溜息を付く。
「前世で何かした魂は現世でも何かしらのリスクや恩恵があるって話を前提にしたとしても、その仮説はスケールがでかい」
「確かに。けど、その方が面白いだろ?」
ヤマトはソファから起き上がり悪だくみを思い付いた子供のようにニタリと笑った。
「面白い……ね」
レインのじっとりとした睨みをヤマトは更に笑みで返す。
「シラはどう思う?」
ヤマトの問いかけに紅茶を眺めていたシラは眉を曲げた。
「正直分かりません。確かに面白い仮説ではあります。天界では魂の循環より、血族を大事にする傾向がありますので興味深い話でした」
「だろ?」
ヤマトは嬉しそうに言った。そんな時だった。
コンコンコンコン。 部屋の入り口がノックされる。
「はい」
サンガが声を掛けるとワインレッドのポニーテールが世話しなく中へと入って来た。
「あれ? エレア何してたの? この大事な時に」
ヤマトがエレアに向かって皮肉を言う。
「私も緊急事態だったのだ」
エレクシアは険しい顔で入り口付近に立つと息を切らせながらヤマトにキツイ口調で言い返す。
「姫様!! サンガ!!」
エレクシアの突然の叫びにその場の四人が驚く。
「どうしたのです? エレア」
シラが不安そうにエレクシアに聞く。
「緊急事態です!!」
エレクシアはそのまま大きな声で叫ぶ。
「ジュノヴィス中尉所属の部隊が中東視察任務を終え帰還! もう間もなくこちらに!!!」
その叫びにシラとサンガはさらに驚き顔を歪ませる。
「もう帰還ですか!?」とシラは溜息を付き「帰ってきましたか……」とサンガは目を伏せる。
三人の顔つきにレイン、ヤマトは呆気に取られてしまう。
「ジュノヴィスって、俺達と同じ熾天使の騎士の仮就任してる奴だよな?」
「はい」
シラが苦い顔をしてヤマトの言葉に頷く。
「そして天界軍ダスパル元帥の甥にあたる人物です」
サンガがその言葉に付け加えた。
「へ~じゃあ将来の出世柱なわけね」
「なんですが……」
サンガが眉をへの字にして残念そうに話した。
「その……失礼ながら、少し変わった御方でして」
「いや、変わったと言うレベルではない。世間知らずのお坊ちゃまが……」
エレクシアが苦い顔をしながら歯を噛み締める。
「そして、私の……」
シラが言葉を詰まらす。
「私の許婚です」
「……は??」
シラの言葉にレイン、ヤマトは同じタイミングで情けない声で言葉を発した。
その瞬間、エレクシアの後ろに位置する部屋の入り口がバーーーーーーンッと激しい音と共に開かれる。
「シラ!!!! 僕が帰ったよ!!」
そしてその扉から大きな甲高い声が叫ばれた。
「元気にしてたか……ぃ?」
次に叫んだその言葉は徐々に細々くなり、語尾は徐々に消えていく。
言葉を発したその人物は、アッシュグレーの髪色に黒の瞳。レインやヤマトに近い年齢だろう。身体はヒョロヒョロでグレーの軍服が何とも品祖に見える。
しかもそのグレーの軍服を自分流にアレンジしているようで、首元や袖などにはレースが施されているのが分かる。
「ん? その男達……誰??」
ジュノヴィスはポカンとした顔でそう言うと首を傾げた。