第一話 それは空から降ってきた


 キラキラとネオンが光る。もうすぐクリスマスが来るこの時期になると東京の街は夜でも明るい。

「はぁ……」と息を吐いてみると、それは空気に触れて白く光り消えていく。耳や鼻が寒さを感じるにしたがって赤くなっていくのが分かる。

 眼鏡を上げ直し、少年は自転車をこぎ始めた。

 塾の帰り道。いつもの大通りは年末を迎える為か、いつもより賑やかに見える。

 しかし少年にはクリスマスなんて関係ない。今年は特に重要な冬。他のことにうつつを抜かしているわけにはいかないのだ。

 受験が迫っている。そう、人生で今一番越えなければならない大きな壁だ。

 毎年幼馴染と過ごしていたはずのクリスマスだが、その幼馴染とも今年は会えないだろう。

 少年は自転車のスピードを出して大通りをぬける。そして自分の住む家へと急いだ。

 受験なんてしたくない。自分には夢があるのに……。だけど、しなければいけない。

「はぁ……」と、もう一度大きく息を吐く。一緒に嫌な気持ちを吐ききる。

 もう少し自転車を漕ぐ時間がある。少年は小さな声で歌を口ずさんだ。

 自分の作詞作曲したオリジナル曲。

 恥ずかしくて幼馴染にしか聞かせていないその曲を歌い、ネオンの中を自転車で駆け抜ける。

 今夜はいつもよりさらに冷え込むようだ。

 口ずさむ歌が透き通る冬の空気に溶けて消えた……。





ーーーBlueSkyに歌声をーーー






「正太郎! ごはんは?」

「いいや、後で食べるから今はいい」

 玄関を開けながら正太郎と呼ばれた少年は、リビングから聞こえる母親に向かって返事をした。

「ラップしておくから後でチンしなさいよ」

「分かった!」

 二階にある自室に向かいながら会話を終わらせ、部屋の戸を開ける。

「さむっ!」

 部屋の中はヒヤリとして正太郎は暖房のスイッチを押した。

 そして参考書の入った重いカバンをベッドの脇に投げる。勉強机に向かい携帯、眼鏡を投げるように置くと椅子に座った。

「ああ~疲れた」

 正太郎は一言そう吐くと、机に頬をつけるようにうつ伏せる。

 受験まであと少し。こんな生活もう嫌なのに、なかなか抜け出せない。イライラが日々増していくのが自分でも分る。

 母はそんな自分の生活を心配しているようだ。何かと声を掛けてくる。しかし思春期のせいか、その声も正太郎にとってはとてもウザったいものだ。先ほどのようにそっけなく対応してしまう。

 父親は帰って来ていないようだ。父は会社を経営している。そのせいでなかなか家には寄り付かない。その父は自分を次の後継者に仕立て上げようと、昔から勉学には口五月蝿かった。その為、大学受験も父の意志が大きな壁になってる。

「いつから歌……歌ってないかなあ」

 頬を付けたままの体勢で先の一点を見つめる。明かりを付けていない部屋の隅に見えるのは愛用のギターだ。

 受験が終われば……そう受験が終われば……。そう思いながら正太郎はそのギターを眺めた。

 ピロリ~ン

 机の上に転がした携帯の画面が音と共に光る。正太郎は身体を少し起こすとその携帯画面を眺めた。

『今日もお疲れ様! 勉強は進んでるかな?』

 そんな文面が見える。

 正太郎は一つ大きな溜息を付いて、その文面へ言葉を返した。

『順調だよ。そっちは?』

『私はなんにもしてない 笑』

『専門学生はお気楽だな!』

『えへへ』

 彼女はもう進学先が決まっている。そんな彼女が羨ましい。そんな気持ちの正太郎はクリスマス会えないことを言い忘れているのを思い出し、文面を打とうと指を掛けた。

『あ、あのね』

 意味深な言葉が彼女から届く。

『?』

『正太郎怒ると思ったからさ、言わなかったんだけど……』

『何?』

『怒らないでね?』

『だから何!?』

 もったいぶる彼女の文面に、正太郎は不安になり少しせかすように書く。

『夏に送ってくれたムービーあったじゃない?』

『ああ、新曲の?』

 それは以前、自分が作詞作曲した曲を遠方に引っ越した彼女へムービーで撮って送ったものだ。

『うん。それね、すごくいい曲だし、このままにするのもったいないからさ』

『うん』

『レコード会社のオーディションに送ったの……で、返事が来ててね』

「はあ!?」と、正太郎は文面が到着すると同時に声を上げて驚く。

「ちょッ!」

 正太郎が文面を送る前に次が送られてくる。

『先月最終審査を通ったって通知が来ちゃってて……』

「まてまてまて!」

 慌てて口から声が漏れる。

『来週の日曜日最終審査……なんだよね 笑』

『何それ!!』急いでそれだけ打つ。

『ごめん! 勝手な事したからさ、なかなか言い出せなくって! けど正太郎の歌私好きだから……』

『けど、最終審査って……』

『受験もあるから、このままにしておこうと思ったんだけど、やっぱり……正太郎の歌声皆に聞いてもらえるチャンスだと思って』

文面の次に送られて来たのは、聞いたこともないレコード会社のHPのURL。それと今回の最終審査の内容だった。どうも小さなレコード会社のようで、今回の最終審査も地域のイベント会場で歌ってもらい、審査するというものらしい。

『ごめん!』

 可愛い絵文字と共にその言葉が画面に載る。そんな画面から目を離し、正太郎は机に額を付けて大きな溜息を付いた。いつものことながら自由な彼女の行動に驚かされる。

 電話した方が早いな。正太郎はそう思い立ち上がると携帯を握った。暗い部屋を明るくしようとスイッチまで歩くと、バサバサと何やらベランダの方が五月蠅い。

「羽の音?」

 小鳥とかカラスのような軽い音ではない。もっと大きな音だ。振り返りカーテンの先に見える影を見る。

「誰か……いる?」

 正太郎は突然の事で不安になり、スイッチを押し損ねたままベランダの方に歩き出した。

「……」

 聞いたことのない男の声が聞こえる。何か話しているようだが聞き取れない。何を言っているんだ?

「ど、泥棒? 不審者?」

 少し怖くなってきたがここまで来たのだ、確かめなければ。脅かせば逃げるかもしれない。

 カーテンの隙間から窓のカギを開けてゴクリと唾を飲み込む。そしてゆっくり音を立てずに窓を開けてみた。

「立花正太郎。18歳。12月25日午前11時28分。我、ホムラがこの者の『死』する瞬間、魂の行く末を見届ける任務を遂行いたす!」

 その言葉がはっきりと聞き取れた瞬間、急に風が吹きカーテンがバサバサと揺れ、目の前の男の姿が見えた。夕日のような朱赤の髪に、燃えるような真っ赤の瞳。茶色のコートに身を包んだ青年。その背中には大きく広がる純白の翼。暗い夜空に真っ白の翼が美しく映る。

 そんな青年と正太郎はバッチリ目が合った。

「へ?」「は?」

 二人はお互い似たような声を上げて見つめ合う。

「い、今なんて言った? 死?」「お、お前……俺が見えるんか?」

 2人同時に声を出す。

「「んん~?」」

 そう言ってまたしても同時に声を上げると、二人は鏡合わせのように同じ方向へ首を傾げた。

 今日は良く冷え込む夜だった。