第2話 赤が実の天使


「ぶぇくしょんっ!!」

 何と下品なくしゃみだろう。

 そう思いながら正太郎は目の前に正座して座る、赤髪の青年にティッシュの箱を渡す。

「あ、お気になさらず。ありがとう」

 そう言って青年は掌を正太郎に向けて断った。正太郎はそんな青年を見つめ何も言わずに、差し出したティッシュの箱をその場に置く。

 あれから二人は、ベランダで数分間固まったまま動くことが出来ず、目の前の青年の大きなくしゃみによって正太郎の部屋の中へと場面を移したのだった。

 部屋の中は少しずつエアコンが効きつつあるが、外にいた時間が長かったのか青年は青い顔をしながら鼻水をズルズルと啜った。

「ごめんな~まさか今日こんなに冷え込むやなんて思わんくて……」と、鼻水を啜りながら青年は話す。

 確かに青年は雪が降る中の服装ではない薄手のコートを羽織っている。しかし問題はそこではない。

 正太郎はそんな青年の背中に生える白い翼を凝視した。

「あの~」

 そして正太郎は意を決して話し始めたのだった。

「その、何で僕の家のベランダに? それにその服装……何かのコスプレですか?」

 そんな正太郎の言葉に、手をこすり合わせながら青年は「あはは」と笑う。

「あれ? 君てっきり俺らの存在を感知出来る人間なんやと思ったんやけど。君『天使』見るの初めて?」

「天使?」

 急にそんな話を持ち込まれ、正太郎は一気に不審者を疑うような顔を青年に向けた。

「あ~その顔は知らんって顔やね。もう見えてるんやし、隠すことも無いからきちんと説明しよか」

 そう言って目の前の不審者は姿勢を正し、正太郎を見つめ話し出した。

「俺は『転生天使・番号1523-85-2。名前『ホムラ』天界の役所からの仕事で、君の『死』を見届けに来ました」

「そ、それさっきも言ってましたよね?『死』って……」

「そうやね。もうはっきり報告してしまうけど、君は1週間後、12月25日午後11時28分にこの人間界で『死』を経験する。と、役所の能力天使が予知したんや。だからそれがきちんと予知通りに起こったかを俺は見届ける担当になったっちゅ~わけやな」

「そ、そんな突拍子もない! 僕が死ぬ? 来週? 馬鹿馬鹿しい」

 正太郎は少し声を荒げて言った。『死ぬ』なんて言葉軽々しく話すものではない。ましてや初めて会った相手に簡単に言う話ではないだろう。

「やろうね。俺もそう思う」と、呆れた顔をした正太郎の顔を見ながら真剣な顔でホムラは話した。

 なんと馬鹿らしい。目の前の大きな羽の模型を付けた、赤い髪に脱色した意味の分からない男に急にそんなことを言われて誰が信じるか! 正太郎は大きく溜息を付く。

「誰の差し金ですか? 僕の友達にこんな悪ふざけする人はいないし……あれですか? テレビのドッキリ的なやつですか? なら、もうネタ晴らしの時間じゃないですか?」

 正太郎の言葉を聞きながら、ホムラはもう一度下品なくしゃみをする。

「ま、普通はそんな反応だわな。しゃあないわ」

 そしてまた鼻を啜りながら話す。

「この状況で信じろなんて虫のいい話やし。俺自身、君みたいに俺達天使を感知できる人間がいるって聞いたことはあったんやけど、実際会ったのは初めてで驚いてるんや」

「と言うと?」

 その話に正太郎はさらに質問する。まだネタ晴らしをするつもりはないようだし。もう少しこの話を聞いてあげてもいいかなと思ったからだ。そこには顔色を真っ青にして自分をだまそうとスタンバッていた青年が、なんだか可哀想になったという気持ちも少なからずある。

「いや、本来人間は俺達天使を感知することは出来ないんや」

「それは何で?」

「何でって、それは生きている次元が違うからやね」

「次元?」

 そう言って、ホムラはさっきは受け取らなかったティッシュの箱に向かって手を差し出す。

「すまん、やっぱりそれ、頂けるか?」

 目の前の手に届く箱。自分で取ればいいはずなのに……と不思議に思いながら正太郎はティッシュの箱を取ると、ホムラの掌に乗せるように差し出した。

「あれ?」

 正太郎は不思議そうに声を出す。

「あれ? ここに、手があるはずなのに……」

 正太郎が何度もホムラの手に乗せようと箱を動かすのだが、何故かその箱はホムラの掌を避けるように動く。自分ではまっすぐ差し出しているはずなのに……。

「な? まるで光の屈折を見るかのようやろ? 何故か俺に触れられない。触れようとしたら無意識に避けてしまう」

 ホムラが面白そうに話す。

「君は目の前に俺がいるという認識があるから不思議に思うが、本来の人間は見えていないから元々そこには何もないように感じる。でっ!」

 そう言って急にホムラは差し出した箱を持つ正太郎の手を思いっきり掴んだ。

「わっ! ……ん?」

 急な行動に正太郎は一瞬驚いたが、ホムラが触れているはずの手は何の感覚もない。重くもなければ、触れされていると感じてもいないのだ。

「な? これで俺がこの世界の者ではないって分かってくれたんちゃう?」

 そう言ってホムラが笑う。

「う、うん……」

 正太郎は急な事で驚いたままの顔をしながら、差し出そうとしたティッシュの箱をゆっくりと元の場所へ下した。

「じゃあ君、こんな話聞いた事ないやろか?」

 そしてホムラは笑顔のままさらに話し出す。

「亡くなった人が生前に死神を見たって話とか、死んだら天使が枕元に来て天国に連れて行ってくれるとか」

「……」

「それ、俺らやねん」

「そ、それって……」

「そ、死ぬ前になるとな、たま~におんねんて。こちら側の住人が見える人間が」

 正太郎はその言葉の意味を理解しはじめ、どんどん顔色が悪くなっていく。

「そ、それって……本当に僕」

「そやな、君が『死ぬ』事は決定されてることやね」

 ホムラはその笑顔のまま淡々と話を終わらせた。正太郎はその言葉の信憑性の高さに貧血を起こしそうになる。

 机に転がっている携帯がピロピロと音を鳴らしていた。きっと幼馴染からだ。けど、そこまで手を伸ばす気力も沸かない正太郎はそのまま数分間固まった。