第12話 空に響く歌声


 正太郎は思いっきりペダルを漕ぐ。周りの景色など気にならないほどに。渋滞する車の間を抜け、走る。

 徐々に事故現場に近づいているのだろう。焦げ臭い臭いが鼻に付く。

 急がないと……気持ちが焦る。

 何故なんだ……何故ここまでして自分は頑張っているんだ?そう問いかけても、自分の心は答えてくれない。

 なのに自然と身体は会場に向かうのだ。

 今までこんなに頑張ったことあったのだろうか?こんなに我武者羅になったことあったのだろうか?

 きっと無かった。

 『自分はこうであるべき』そういう殻を自分自身で作っていた。

 そんな自分を変えてくれたのはホムラだった。

 あの天使が空から降って来なければ、自分はこんなに何かに必死になることも、こんなに生きているって実感することもなかった。

 彼が自分を変えた。自分の生き方を変えた。だから……僕は……。最後まで我武者羅に生きたい!歌を歌って生きたい!!

 気持ちが前を向く。

 それに合わせてペダルを漕ぐ力も強くなっていった。

 すると目の前に立ちり禁止のテープが見えてくる。

 パトカーも、救急車も……。

 正太郎はその光景を見て手をブレーキに掛けた。

 しかし『最短ルートでオーディションの会場へ走れ! 通行止めだろうと、煙だろうと、炎だろうと俺がなんとかしてやる!!』というホムラの言葉を思い出しそのままペダルを漕いぐ。

 彼を信じた。

 警察官が正太郎に気が付き止に入ろうとする。正太郎はそんな警察官に身構えながら、しかしスピードを落とすことなく突っ切った。

 警察官は声を掛けようと前に出たのだが、何かに妨害されたように一瞬止まる。テンポが遅れてしまい、正太郎の自転車はその警察官の前を通り過ぎた。

 目の前にある立ち入り禁止のテープが風で煽られ、自転車を更に先に通過させる。

「ホムラだ!!」

 正太郎はそう叫んだ。

 更にスピードを上げ、事故現場を走る。

 車、人、煙、全てが彼の自転車を避けるように動きを変える。

 このまま突っ切れば!!!

 正太郎はまっすぐ前だけを向いてただ、走った。

 その瞬間ーーーーーーーーー。

「ッ……」

 何か自分の名を呼ばれた気がする。しかし、その声ははっきりしなかった。けど誰が発したものか分かっている。

 正太郎はその声援に応えるように前へと進むのであった。









「次の方、スタンバイお願いします」

 そう声を出すスタッフ。それに答える男性。男性はそのまま控室から出て行った。

 今日のオーディションは一般客も見れるイベント会場だ。仮設で作られたプレハブの控室は少し寒い。

 正太郎はギターを抱えるように肩を震わせた。控室にはもう自分しか残っていない。

 全速力で会場に付いた正太郎は、受付時間ギリギリで間に合うことに成功した。

 事故の影響でということを主催者側に話すと、体調やコンディションがあるだろうと出番を一番最後に配慮してくれた。

 その控室にはモニターが設置してあり、リアルタイムで会場の雰囲気を映し出している。

 正太郎はそのモニターを眺めた。

 皆何かコメントを話し、自分で作曲した曲を披露していく。正太郎は溜息を付きながらそのモニターの上にある時計を見つめた。

 時間はもう残り僅かだ。

 これも先ほどのバス横転事故の影響だ。イベント開催時刻が少し遅れた為、このオーディションイベントもずれ込んで始まっている。

 本当は11時には結果が出て、彼女にプレゼントを渡すつもりだったのに……。

 もう、もうすぐ……。

「僕……死ぬんだ」

 正太郎はそう言葉を発した。そう思った瞬間……どうしよう。怖い。気持ちが頭の中を駆け巡る。

 何もかも投げ出して逃げたい。恐怖からも、オーディションからも、夢からも……。

 手足がガタガタと震えた。身体と共に心も冷えて行くのが分かる。

 どうしよう……。思えば思うほど正太郎は何も考えられなくなる。

 時間は刻一刻と過ぎて行く。何も考えられない時間がただ、ただ過ぎていく……。

 5分、10分、20分……。何もしなくとも時は流れてしまう。

 そして……。




 正太郎死亡時刻まであと12分。




 そう自分の中でカントダウンした時だった。ガタンッと机に置いていた紙袋が落ちる。それは自分が一生懸命彼女の為に探して買ったクリスマスプレゼントだった。

「そうだ……」

 正太郎はその紙袋を広い、握る。彼女が会場で待ってるんだ。自分は歌が好きだって教えてくれた彼女が……。いつも支えてくれていた彼女がいるんだ。

 そう心が叫んだ。

「歌わなきゃ」

 ボソリと声を出す。僕は夢を叶えて死ぬ。だから歌わなきゃ。

 自分が自分らしくいるために。自分が愛している彼女に今の気持ちを伝えるために。父や母の愛情に答えるために。

 そして、それに気を付かせてくれた赤髪の天使に感謝を伝えるために。

「そうだ、歌わなきゃ!」

 そう独り言を言った直後、控室の扉が開き「最後の方、スタンバイをお願いします」と声を掛けられる。

「はい」

 正太郎はそうしっかりとした声を出して答えた。






 前の人の演奏が終わり、拍手が起こる。そんな光景を見つめ、舞台袖で正太郎は大きく深呼吸をした。

 周りを見渡す。舞台袖にも、会場の客席にもホムラの姿が見当たらない。

 会場で落ち合おう、そう言っていたのに……。不安がまた沸き起こる。彼がいたからここまでこられたのに。あと数分で自分の死が起こるであろう今、彼が居ない。

 正太郎はそんな不安の中、名前を呼ばれ舞台の中央へと歩き出した。

 思っていたより観客が多い。地域のクリスマスイベントでの開催の為、来場は無料。そのせいか足を止めて、このオーディションを見ている人の年齢層はバラバラだ。

 お年寄りから子供まで。席に座って見ている人々は比較的若いだろうか。自分と歳が近い年齢層が席に着いている。

 と、その丁度中央に見覚えのある顔を見つける。その人物は正太郎が舞台に立つと、嬉しそうに笑って手を振っていた。

 彼女だった。久しぶりに会った彼女は少し髪が伸びている。けどいつもと変わらない笑顔で自分を見てくれていた。

 正太郎は少しほっとする。

 しかし彼女のさらに先に見える時計台の針はもうすでに11時半近くまで進んでいではないか。

 これから演奏を始めても、正太郎の死亡時刻までに歌生きることが出来ないかもしれない。

 この場で自分は死ぬのか?

 正太郎は大きく息を吸った。

 しかし歌うと決めたんだ。この歌を届けて死のうって決めたんだ!!この歌が自分の気持ちだから……みんなに届けたい想いだから!!

 正太郎はそう想い、マイクの前に立つとしっかりと胸を張った。本当は歌う前に何か自己紹介をするべきなのだが、その時間までも惜しかった。

 正太郎はギターを構えて目を瞑る。

 そんな今までの出演者とは違う、正太郎の空気に会場も静まり返る。

 すると、急に正太郎の背中へ何か暖かいもをフワリと感じた。

「すまん、遅れた……」

 そんな声に正太郎は一瞬息を止める。しかし、振り返ることが出来ない。

「大丈夫や。お前は歌える。俺がここにいるんやから……」

「……」

「大丈夫、大丈夫や……時間なんて気にするな。お前は最後まで歌いきれる。お前は夢を叶える為にこの歌を歌いきれる」

 そのしっかりとした言葉、そして背中に感じるホムラの背中の温もり。

 正太郎の心が一気に暖かくなる。彼のその存在に大きく勇気づけられていく。

「ホムラ……ありがとう」

 正太郎はそう小さく言葉を発し、一呼吸置くと目の前のマイクに向かって顔を持っていった。

 そして自分の魂の歌を歌い出したのだった。









  ~

  何もかも当たり前だった

  白い世界にいることも、その白い世界で生き続けることも

  何も不思議じゃなかった

  けど、気が付いたんだ

  ここは自分がいるべき場所じゃないんだって

  それを知ったら、世界は色が付いた

  冬の冷たい風も、光る街路樹も、クリスマスソングも……

  全部色があるんだって知った

  空に色があることも、空が青いってことも知ったんだ

  そしたら君に会いたくなった

  君とこの世界をもっと見たくなった

  もし、もうすぐこの世界が無くなってしまうかもしれないって分かってても

  僕はきみとこの世界を見たくなったんだ



  暖かいってこれなんだね

  毎日過ごすこの世界が僕は冷たいと思ってた

  だけど違ったんだ

  こんなに暖かいって知らなかっただけなんだ

  こんなに明るいって知らなかっただけなんだ

  僕が拒んでいただけでここは暖かった

  ありがとう、そう思った。

  そう思ったから僕は歌を歌おうって思ったんだ

  この気持ちを君に知って欲しいから

  僕は歌うよ、この先この世界が無くなると知ってしまっても

  ここは素敵な場所だって伝えたいから



  全てを伝えて消えたいんだ

  ねえ、だから……僕のこの気持ちを受け取ってくれますか?

  白い雪と共にこの気持ち知ってくれますか?




  僕は歌うよ

  この先この世界が無くなると知ってしまっても

  僕はこの世界が好きだって叫びたいから、歌を歌うよ

  この世界はクリスマスの夜のようにキラキラ輝いてるって伝えたいから

  この世界は朝焼けのように暖かいって伝えたいから

  青空はどこまでも澄んでいるって……だから

  僕は歌うよ

  ~








 その歌は空へと溶けた。快晴の青空に……。

 会場が静まり返る。冬の空気がさらに透き通るほど。

 そしてそこから一斉に大きな拍手が沸き起こった。会場全体が1つになるように。いつしか会場から溢れるように、立ち見の人々が増えて正太郎を見つめて拍手を送っていた。

 観客の中には涙を流す人も見える。

 そんな正太郎を彼女はとても嬉しそうに見つめていた。正太郎は目の前の時計に目を向ける。

 その時間は11時35分。

 正太郎の死亡時刻を過ぎている時間だった。






ーーー半年後ーーー





「せ~んぱい!」

 そう声を掛ける女性に赤髪の天使は、住宅街の屋根の上で大あくびをしながら「なんや?」と言った。

 そんな赤髪の天使に金髪の女性は大きな溜息を付く。

「ホムラ先輩、サボりですか?」

「何と失礼だな、ミスリルは」

 そう言ってホムラは頭を掻きながら、ぼんやりと空を眺める。

「今日はここのお宅のおばあちゃんの魂の見届けなの」

「なるほど、てっきりサボってるのかと思いましたよ」

 ミスリルと呼ばれた金髪の天使は「ふ~ん」と声を出す。そんなミスリルをムスッとした顔でホムラは睨む。

 すると家の中からテレビの音が聞こえて来た。今日死期が訪れ、魂の循環が始まると予知されたおばあちゃんがテレビの音量を上げる。

 テレビはどうやら歌番組のようだ。

「あ、この人! 最近人間界で人気出てますよね! 確か……名前なんだったけ?」

 ミスリルがフワリと屋根から降りると、翼を使い部屋の中のテレビを眺める。

「奇跡の歌声を持つシンガーソングライターでしたっけ? いい声ですよね~」

 ミスリルのそんな動きなど気にせず、ホムラは屋根上でごろんと寝そべり、快晴の空を見上げた。

「正太郎」

「え?」

 ホムラの言葉が聞き取れなかったのか、ミスリルはホムラの方へ顔を向ける。

「その歌手の名前だよ」

 ホムラはそう言ってテレビから流れて来た、聞き覚えのあるメロディーを口ずさんだ。



  ◆



  

皆さん、おはこんばんにちは! 大橋なずなです。

無事にクリスマスにこの作品を完結させることが出来ました!

良かった~~~~~!!

と、いうことでいかがでしたか?

一応「BlueSkyの神様へ」のスピオフ作品ということで書きました「歌声編」ですが、実は元は中学生の頃に考えたプロットでして、この度プロットを掘り起こし手直ししつつ書きました。

当時はこの歌声編から考えていて、その後本編を考えた感じなので、そこはそのままに本編を知らなくても読めるように仕上げております。

しかし本編キャラのヤマトやミスリル先輩なんかも登場して、とても楽しかったです。

バス横転事故は本編で起こる事故とリンクしております。そこら辺も本編を読んでいる方に感じて頂ければ嬉しいです。

今回の作品で書きたかったことはたくさんありました。そんないろんな気持ちを書けてればなって思ってます。



本編をご覧でない読者様。もしお時間ありましたら本編「BlueSkyの神様へ」も読んでいただけると嬉しいです。

では、いつも応援してくださる皆様。ノートで読んでくれる友達。

そして今こうして後書きを読んでくださっている貴方。この作品に触れて頂いた全ての方々に感謝しつつ……。



ーーーーーー



「正太郎さん。スタンバイお願いします」

 そうスタッフに言われて少年は舞台の上に上がる。今日は久しぶりの屋外の会場だ。

 すっかり暖かくなった季節。空はあの時と同じ青だった。

「皆さんこんにちは」

 そうマイクに声を入れる。

 会場の観客は目を爛々とさせ、自分の歌を待っている。そんな観客を見て、逸る気持ちを抑えるように少年は一呼吸置く。

 すると、空の遥か先に一瞬人影が見えた気がした。

 それは赤髪だったかもしれない。背中に羽が生えてたかもしれない。けど、瞬きをするとその人影は消えていた。

 そんな光景に少年はクスリと笑う。

「では、僕がデビューするきっかけになった曲を演奏します……。聞いてください『BlueSkyに歌声を』……」




 BlueSkyに歌声を




  ほんとうに おわり