『ねえ、怒ってる?』
そう携帯の通知が来たのは、朝早くに河川に歌を歌いに行った帰りの出来事だった。
正太郎はその文面に急いで『返信してなくてごめん。怒ってないよ』と送る。
家に着いてからこっそり部屋へたどり着くと『勝手にレコード会社に送ったから返信ないのかと思った』と返信があった。
正太郎は巻いていたマフラーを取りながら画面をタッチをする。
『いや、いろいろ立て込んで……ほんとごめん』
『いいよ。正太郎がこういうやり取りするの苦手なの昔から分かってるから』
『いや、遠距離なのにきちんと連絡してないのは僕が悪いよ。気を付ける』
『大丈夫! 今は我慢する。その代わり受験が終わったらもう少し会える時間も作って電話もマメにしてよね』
彼女からの言葉に正太郎はほっと胸をなでおろした。幼馴染の彼女はいつも自分のことを良く知っている。だからついつい甘えてしまう自分をいけない、と思いながら今回も結局こういう形になってしまった。
ホムラの一件があってから連絡をしていなかった正太郎は、今度彼女と会ったら何か美味しいスイーツを食べにでも行こうと思い、携帯画面にそのことを打ち込もうと指をあてる。
しかし、コツンと指を当てて正太郎は止まってしまった。
「そうか、僕……死ぬんだ」
そう、あと5日の命とホムラに宣告されてるんだ。
最初は冗談だと思っていたホムラの天使という存在。しかし、その存在も今ははっきり分かってしまった。ならその天使ホムラが言う自分の死期も本当なのではないか?
その期日まであと5日。突然、正太郎はその恐怖に襲われる。
彼女とスイーツを食べに行くことはもう出来ないのか?いや、そもそも受験は? 受験? いやいやもっとあるだろう?
この先……生きていけないって、どういうことなんだろう……。
帰って来たばかりだからか、それともこの恐怖の為なのか、正太郎の身体はぐっと冷え込んでいた。
『で、オーディション行くの?』
彼女からの返信でその恐怖から解放される。目の前の彼女の打った文面が何故か暖かい。彼女と文面だけでも繋がっていることで恐怖が薄れていく。
そして正太郎は一瞬悩んでから『行くよ』と打ち込んで送信した。
『本当!? 嬉しい!』
『うん、折角だし挑戦してみる』
『じゃあ私応援に行く!』
彼女の返信に正太郎は「え?」と声を出した。
『確か出番は午前中だったから、それ終わったら一緒にランチ行かない? クリスマスだし」
彼女の通知に正太郎は固まる。自分が死ぬのは確か……11時28分。だということは彼女と一緒にいる時に何かが起こって自分は死ぬのか?
でも……。
正太郎は『いいよ』と返信した。最後に彼女に会えるならいいかな……そう思ったからだ。
そして彼女から『楽しみ、じゃあまた』という返信で締めくくられた会話で正太郎は現実に戻される。
「僕……死ぬんだ」
もう一度その言葉を発する。正太郎はそれ以外何も発する事が出来なかった。
「で? それで今日はこうやってここでサボってるんか?」
そう言われて正太郎は、目の前でニタニタ笑う赤髪の天使を見た。
学生服を着て登校しようと思った正太郎だったが、どうしても学校に行く元気が出ず、校門を潜る事無く昼下がりの今までブラブラと街中を自転車を押して彷徨っていた。
「うん」
正太郎はそう素直にホムラに答える。
「ふ~ん」
ホムラはそんな凹んでいる正太郎の目の前をスキップしながら歩く。
「ええやん! 死ぬ前に一度はしてみたかったんちゃう? 学校サボり」
「そんなこと……考えたこともなかったけど」
「ほんまか!?」
驚いた顔をしながらホムラが後ろを振り返る。
「うん」
「真面目やな~優等生やな~」
「そんなことないよ。勉強しないとダメだったし」
正太郎はそう言いながら目の前のファーストフード店の駐輪場に自転車を止め、中に入る。
「ああ、待って! 俺が入るまで自動ドア開けてて!!」と、ホムラがそう叫ぶ。どうやら天使では自動ドアは動かないようだ。
店内はガランとしていてどこにでも座れそうだ。正太郎はいつものベーコンレタスバーガーのセットを頼み一番後ろの席に座った。ホムラがその向かいに座る。
「で? どないすることにしたん? これから」
「これから?」
バーガーをほおばりながら正太郎はホムラに聞き返す。
「正太郎が死ぬまであと5日やん。それまでになにすることにしたんや?」
「何するって……」
正太郎は口をモゾモゾさせながら会話を続ける。
「だってさ、あと5日もあるんやで?」
「5日しかないんだよ?」
「逆逆!! 5日も! ある!」
ホムラのその言葉の協調度に、正太郎は少したじろぐ。
「本当は何にも知らずに急にポックリ死ぬはずやったんやで? なのに正太郎、きみはラッキーや。死ぬタイミングを知ったんやから!」
「……」
「そう思ったら何でも出来そうやん! 目標決めて何かしようや」
「そ、そうだな」
確かにホムラの言う通りだ。今朝家で思った死の恐怖。その恐怖と今後5日戦うのかと思ったが、ホムラの言葉に正太郎の言葉は少し救われる。
「実は……」
そして正太郎は25日にレコーディング会社のオーディションがあるということ。そのオーディションが終わってから彼女と食事をすることも明かす。
ホムラは「おお! ええやん」と声を上げる。
「なら、そのオーディションに向けて練習やな!」
「まあ、そうなるよね」
「ええやん! 死ぬ直前にそんなビックイベントあるなんて! 正太郎はますますツイてるな!」
ホムラがそう笑う。そんな顔に正太郎も少し笑った。そして目の前にあるポテトに手を掛ける。
「あ~ええな~」
そう言って急にホムラは前の前にあるポテトを眺めだす。
「ポテト……食べたい」
「いる?」
そう言って摘まんだポテトをホムラに向ける正太郎。そんな正太郎にホムラはムスッとした顔を見せた。
「人間側のポテトは食べれへんって」
「ああ、そうだった」
そう言って正太郎はポテトを加える。
「俺も帰ったらポテト食おう」
「え? 天使の世界にもポテトあるの?」
「あるよ。まあ味は落ちるけどな」
驚いた正太郎にホムラは笑う。
「人間界みたいな化学調味料がないからさ~このジャンキーな感じは出せへんな」
「そうなんだ」
「こう、あ~身体に悪いもん食べてる~って感じのが好きやねん」
「確かに」
「あ~恋しい」
ホムラはそう言って正太郎の胃袋にはいっていくポテトを眺める。そしてこう言ったのだった「昔はそれ、よく食ったのになあ~」っと。