第6話 クリスマスプレゼント


 朝日が目の前で登り始めている。ホムラはその太陽の暖かい日差しを浴びなが、ら河川敷で何度も同じ曲を弾き、歌う正太郎の背中を見つめた。

 昨日のように今日も正太郎は朝早くから家を抜け出し、河川敷で自分が作詞作曲した楽曲を歌う。そんな正太郎の曲をホムラは何も言わずに聞いた。

 クリスマスまであと4日……。

 そんなことを思い返したのだろう歌い終わった正太郎は大きく溜息を付いた。そしてギターを仕舞い込み、肩に背負う。

「お? もう帰るんか?」

 そうホムラが声を掛けると正太郎は「うん」と短く言える。

「今日はどんなご予定で?」

「えっと、取り合えずお母さんが起きてくる前に部屋に帰って、いつも通りに家を出るつもり。で、今日は駅前に行くよ」

「駅前に?」

 正太郎の言葉をホムラは聞き返す。

「うん。買いたいものがあるから」

「ほ~何買うん?」

「……」

 ホムラの次の質問に正太郎は急に黙り込む。

「ん? 何?」

「プレゼント……」

「はい?」

「クリスマスプレゼントを買いに行くんだよ」

 ホムラの聞き返しに正太郎は恥ずかしそうに言った。

「あ~!!」

 ホムラはポンと手を叩いて反応する。

「なるほど、なるほど」

 そう言うホムラに正太郎はプイッと顔を背け自転車に跨ると、漕ぎだして行ってしまう。そんな正太郎の背中を見ながらホムラは小さく息を吐き、少し悲しそうに笑った。

 クリスマスまであと4日。






「あれ? 先輩、何してるんですか? サボりですか?」

 学校の屋上でぼーっと空を見つめるホムラに声が掛けられる。あれから数時間後、ホムラは正太郎の通う学校の屋上で時間を潰していた。

「ん? あれ? ミスリルやん」

 ホムラはそう声の主にそう言った。

 ミスリルと呼ばれたのは同じように背中に翼の生えた女性だ。自分より2、3歳若い彼女は金髪の髪をなびかせながらこちらを見ている。エプロンワンピースの上にコートを羽織った彼女は、翼を収縮させるとホムラの隣に近づいた。

「何してるんですか?」

「ん? もうすぐ今回のターゲットが学校に来る時間やからさ、待ち伏せ」

「へ~もうすぐ死期が来るんですか?」

「いや、あと4日もあるんよ~」

 ミスリルの言葉にホムラは溜息を付いく。

「え? そんなに見守るんですか? そりゃ外れクジだな~」

「やろ? 2.3日でいいやんな?」

「ですね。まあ、役所の能力者の予知も万能じゃないですし……」

「やね。けど今回のターゲットはなかなかおもろいんやんで?」

「面白い?」

「うん」

 ミスリルの首をかしげる仕草にホムラはニヤリと笑った。

「あててみ」

「無理です」

 ミスリルはピシャリとホムラの茶目っ気を切り捨てる。

「ミスリルはいつもこうだからな~」

「で? 何です?」

「こっちを認知してる」

「はい?」っと、ホムラのにやけた顔を見つめながらミスリルは素直にそう言った。

「ほんとですか?」

「うん。しかもはっきりと」

「へ~珍しい。レアケースですね」

「やろ?」

 嬉しそうなホムラに向かってミスリルは呆れた声を出した。

「私の後輩……妹がまだ人間なんですけど、少しこっちを認知してるみたいなんです。それよりすごいですね」

「へ~意外とこっちを認知してる人間っているのか。けどうちのはマジ、レアケースやで? 言葉までかわせるんやから」

「すごいですね。ってことは転生の可能性もあるってことですかね?」

「かもしれないな」

 そうミスリルと話していると、校門を潜っていく正太郎の姿を見つける。そしてものの数分で先ほど通って来た校門を出て行った。マスクをしている。どうやら風邪を引いたとでも嘘を言って、早々に早退を決め込んだようだ。

「じゃ、ミスリルまたな」

「はい、あ! 先輩!」

 ミスリルがそう言うとホムラは翼を広げ正太郎の背中に向かって飛び立ちながら右手で返事をした。








 辺りはもうすでに真っ暗で街路樹はキラキラと輝く……そんな時間。正太郎は嬉しそうに自転車の籠に入っている紙袋を見て、また笑った。

「そんなに嬉しいんか?」

 隣を歩くホムラにそう言われても、正太郎の顔の緩みは取れそうもない。それもそのはずだ。死期が近付いている大切な1日を掛けて探した彼女へのクリスマスプレゼントだ。

 今日は入ったこともない高級ジュエリーショップやブティックにまで足を運んだ。どうせ4日後には死ぬんだという気持ちが背中を押したのかもしれない。

 積極的に物を買ったのは初めてだ。それにこんな高級なモノを買ったことは今までない。

 彼女の喜ぶ顔が見たいから……。せめて自分が死ぬそのギリギリまで彼女の笑顔を見ていたいから。正太郎はそう思った。

 彼女にはいつも頼ってばっかだった。小さい頃からいつも一緒で、活発な彼女の背中を追いかけてた。今回のオーディションだって彼女のおかげだ。遠距離になっても、こうやって自分を好いてくれる彼女に本当に感謝している。その気持ちが少しでも伝われば、と正太郎は必死に探したのだった。

「もうそろそろ帰ってもええ時間ちゃうか?」

 ホムラの言葉に正太郎は腕時計を見つめて「うん」と返事をする。

 塾から帰宅する時間に合わせて家路に付かないと、母親に不審がられるので街中をふらついていたが、そろそろいい時間だ。

 これぐらいに家に帰れば母親も不審に思わないだろう。

 学校にも「風邪気味だ。皆に移しては悪いから」と早退する演技までしたのだ。問題ない。

 正太郎はそのまま家に向かう。

「で? 明日は何するんや?」

 ホムラが少しウキウキと声を上げた。

「ん~そうだな。朝は昨日や今日と同じように練習して……」

 正太郎は「むむ~っ」と悩んだが、なかなかやりたい事が見つからない。いざ、こういう立場になると人間何も考え付かないようだ。

「もう家に着いてしまうで?」

 ホムラが急かす。

「ん~」

「じゃあ、部屋で今後の作戦会議をしようや」

 待ちかねたホムラがそう提案する。

「それもそうかな?」

 正太郎はホムラの提案に賛成した。どうせ受験勉強をしないのだ。部屋で何をしたって問題ない。

「あ……」

 そんな時、正太郎は自分の家に見覚えのある車が止まっているのを見つけ、小さくそう声を上げた。

「ん?」

 ホムラはその黒のセダンを見て首をかしげる。

「お父さんの車だ」

「おとんの?」

「うん」

 ホムラが家の庭に入り、ガレージに自転車を止めながらそう話す。会社経営をしている父はいつも帰りが遅いはず。今日は何故こんなに早いのだろう。

 正太郎は少し嫌な予感をさせた。その予感に合わせ自転車の脇に彼女のプレゼントを隠すように置く。

 そしてグッと息を止め、玄関を開けた。

 ガチャリ……。

「え?」

 音を立てて扉を開けると、そこには仁王立ちになっている父の姿があった。スーツ姿に眼鏡。自分に似たその顔は大きく歪んでいる。

「何をしていた?」

 どっしりとした父の言葉。扉を半分しか開けていない正太郎はその言葉に固まる。

「今まで何をしていたと聞いている!!!!?」

 すごい声で父はそう叫ぶ。正太郎はそのまま固まってしまった。全て父にはお見通し……のようだった。